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ずっと一緒にいられるって思ってました

「宮様ってものすごぉーく実雅様のこと好きなんですね」

「気持ち悪いこと言わないで」

「ふふ」


内裏デートを思い出しながら、菖蒲の髪飾りを眺め、私は思い出に浸っていた。

宮様から聞いた話はびっくりすることばっかりだったけど、実雅様のことがちょっとわかって嬉しかったんだよね。


「……」


なんとなく様子がおかしい?


「実雅様、どうかしました?」

「――小霧」


なに?


突然名前を呼ばれてびっくりする。

だってめったにそんな風には呼ばないから。


でもいつも名前を呼ばれる時はもっとこう、違う雰囲気なんだけど――。


(なんか嫌な感じが……)





実雅様の言っていることがイマイチよくわからない。


典侍(ないしのすけ)……?」

「うん」

「って。なんでした、っけ……?」

「宮中で、主上のそばに仕える女官だよ。女房の中でも、ちょっと格が上でね。みことのりを伝えたり、儀式に出たり――大事なお役目だよ」


実雅様は、いつもと同じ優しい顔をして、いつもと違う声色で話す。


「……それと私とどう関係が――」

「小霧に、典侍にならないかって話があってね」


声があんまり違うから……。なんだかすごく苦しくなる。

なんだこれ。

何の話聞かされてるの。


「――なんで、突然?」


声が震えて上手く喋れない。


「主上の笛から始まって、賀茂のまつりまで出たでしょう?その間もあちこちの邸を回って。小霧の実力も人柄もよくわかったから。……主上のおそばで――」

「もういいです」

「聞いて小霧」

「名前を呼ばないで」


震えないよう押し殺したら、自分でもびっくりするほど低くて冷たくって、怖い声が出た。

そんな風に言いたいわけじゃないのに、止められない。


「大事な話なんだよ」

「そんなことわかってる」

「じゃあちゃんと聞いて」

「黙ってないで教えてって言ったけど、そんな話は聞きたくないですごめんなさい」


実雅様が困った顔をするのがますます私を苦しくさせる。


「肝心なことは言ってくれないのに、どうしてそんな話はバカ丁寧に教えてくれるの」

「今までの話とは訳が違うんだ――」

「そうだよねっ!!全然違う!!!」


私が突然大きな声を出したから、実雅様は目を見開いて口を噤んだ。


「典侍ってっ、知ってるよ!そんなのなっちゃったら、朝も昼も夜もずっと内裏でしょ!もう家にはいられない!!じゃあっ……!」


ダメだ。

感情的になり過ぎてる。落ち着いて。


(じゃあ、どうなるんだろう……。実雅様と私は結婚したんじゃなかったっけ?)


あぁ。違うじゃん。

結婚してなかった。


思い出して笑えてくる。


そうだ、ちゃんと夫婦になるチャンスなんていくらでもあった。

いくら私が子供っぽくたって、この世界では結婚して子どもがいてもおかしくない歳だ。


(そっか。だからなんだ)


ふいに頭の後ろがひやりと冷たくなった。

今までずっと疑問だった関係。なんでなのかがはっきりわかった。


(だから“夫婦”にならなかったんだ……)


そのうち手放すつもりなら、形だけの夫婦の方がいいに決まってる。


そうか。

私との時間はあくまで仮の――。



紫陽花の楽譜、篝火の宴の舞姿、菖蒲の花簪と競馬……。



確かに手のひらにあったはずなのに、バラバラになって零れ落ちていく。

元の形がどうだったかなんてもうわからない。

拾い上げようとする指先さえも冷たく凍って動かない。


「実雅様、この話いつからあったんですか……?」

「……」


(なんだ、わりと前からあった話なんだ。また私だけ知らずに……)


「私ぜんぶ自分の都合のいいように考えてたみたい」


どうして私って、みんながわかることがわからないんだろう。

私なりに、実雅様のことちゃんと見てるつもりだった。


「ほんと底抜けのバカなんだ」

「違う、何か勘違いしてる」

「してない!……だってっ」


この先を言っちゃだめだってわかってるのに。


「私たち夫婦じゃない!!!」


奥から突き上げてくるものが、ひび割れたフタなんて簡単に吹き飛ばす。

頭の上の方では大慌てで私の口をふさごうとする私がいたのに。


「――」


この瞬間の実雅様の顔を、私はきっと一生忘れられない。



いつもみたいに笑ってない。

”小霧ちゃん”って言わない。


静かで。森の奥の湖みたいに深い色で――。

なんでかな。



あぁ。私のせいじゃん。



大失敗をしたとわかってるのに、あるのは叩き壊した残骸だけで、引き返す道はどこにも見つからない。

胸の奥にある塊がじりじり熱を持っているのに、指先はどんどん冷たくなる。


(彼の指先はどうなってるんだろう)


ぼんやり目の前の指を見つめる。

どろりとした熱いものにどんどん焦がされていきながら――。




足音が近付いてきて、衣擦れの音がした。


私の大声を聞きつけてやってきた家の者が几帳の向こうにいる気配がする。

もうこれ以上は話せない。聞かれたくない。


「実雅様は今夜はもうお帰りになるそうよ」


(息が苦しい……)


私は胸を押さえながら掠れた声で、彼の支度をするよう命じた。





胸が重い。

よく眠れない。

喉がつかえて食べられない。

実雅様はどうしてるんだろう。

私のせいで、私みたいになってないといいな。

でも私なんかのせいで彼は傷ついたりしないかもしれない――。





ずっと一緒にいられるなんて。



どうしてそんなこと信じちゃってたんだろう。










お読みいただきありがとうございました。

こんなつらい話を読ませてしまってすみません。。

泣きながら書いてるバカな作者です。


でも!次は癒しの復活エピソードです!

小霧ちゃんを、みんなで励まします。


本編あと2話、よろしくお願いします。

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