7日間耐久潔斎
「賀茂のまつりに今年は新しいものを試してはどうかという話になってね」
人の幸せに割り込んで強制終了ボタンを横から押してきたのはこの人だ。
今日も綺麗な宮様は、片方だけ口の端を上げ笑っている。
何を考えてるのかさっぱり読めない。
(ほんとこの人、何者なの……)
しょっちゅう出没するけど、どういう役目の人なのかな。
まさか「ご職業は?」とは聞けないし。
「突然で悪いんだけど『路頭の義』、決まっちゃったから」
「……」
んで、これっぽちも悪く思ってないよね。
それにしてもどうして私?
笛しか取り柄のない中流の人間が、どう考えてもおかしくない?
(伝統ある大切な祭りのはずなんだけど)
「賀茂のまつり」って、前世では「葵祭」って呼ばれてたやつだ。
長く続くれっきとした神事で、一カ月くらいかけていろんな儀式をする。
「路頭の儀」は祭りのメインイベントの行列で、通りが見物客でいっぱいになる。
「当日は牛車で笛吹くだけだから。あとでいろいろと打ち合わせして行って」
「……いや、でも」
とりあえず、わけを教えてもらえると――。
「担当をそっちに向かわせた方がいい?」
「いえ、そうではなく」
宮様はどんどん話を進める。
「あ、今回は笛だけだよ」
「そうでもなくて――!」
めっちゃ笑ってるじゃん。
いま私の和歌スキル、バカにしたよね?
「――失礼しました」
ダメダメ小霧。挑発に乗っちゃ。相手の思うつぼだよ。
「なぜ私が行列に?何かの間違いじゃ……」
宮様は薄く笑って、今から嘘を言うぞって顔をした。意外と顔に出るタイプだよね。
「笛吹き姫は今を時めく存在だからね。これ以上の奉納はないだろう」
「はぁ……」
(なるほど、そうゆう……)
そんな建前でこの話をごり押ししたのか。
「反対派は黙らせたよ」
「え……?」
(反対派……いるの⁈ )
私怒られない……?
宮様が御簾の向こうから楽しそうにこっちを見ている。
嫌がってる顔見せたらもっとイジられるやつだ、これ。
そっと扇で顔を隠す。
「潔斎期間は実雅が泣きついてきたから緩めたよ」
すっごくもったいぶって言ってるけど。
でも潔斎期間なんて、宮様に関係なくない?
「本当は10日は籠ってもらいたかったんだけどね。特例だよ?」
恩着せがまし……。
いやでも10日とか確かにきつすぎる。
誰とも会わず、話さず、一人っきり――。
こわ……。
「まず7日間、自邸で物忌み。そのあと賀茂の社家の邸に籠って7日間潔斎ね。笛以外は慎んで」
物忌みは「家で引きこもる」やつで、潔斎は「まるっと隔離されて清らかになる」やつ。
スマホやテレビもないうえに知らないとこでずーっと一人とか。
(え……。病まないかな?いける?)
「……」
「不満?」
「……いえ。わたくしごときに、もったいないお話でございます」
やけっぱちになって低い声で答えると、宮様が嬉しそうに笑った。
どうしてこうなった――?
「まぁなるんじゃねぇ?」
「なんで⁈」
物忌みに入る直前、秋成様と親房様が訪ねて来てくれた。
「だってお前。ひと月でどんだけ回ったの?」
「えーと、だいたい毎日どこか行って、一日二か所とか三か所の日もあって……」
「……」
どれくらいかな?
訪問スケジュールを書き込んだ暦を引っ張り出して数えみる。
親房様があっけにとられて黙り込んだ。
秋成様は鳥籠を弟に返してこちらへ向き直る。
「あ、ちゃんと物忌みとか方違えとかは守ったよ?」
平安的常識を疑われてはいけない。
慌てて付け加えておいた。
そうそう。占い、だいじ。
「でもどこ行ってもみんなわりと普通だったんだけどなぁ?」
お邪魔した先の人たちを思い浮かべる。
「楽しいねーありがとーみたいな。そんな神事とか儀式めいた雰囲気全然なくって」
わりと賑やかで、普通に遊びに行く感じで――。
でもすっごくありがたがってくれるとこもあったよね。
「こないだ行ったとこは、牛を拝んだ後に全員てんこ盛りの花で飾ってくれてね。牛飼い童が『姫様ぁ~』って半泣きで……くくく」
花飾りは慣れっこなはずの我が家の牛すら戸惑ってた。
「呼んでくれたお礼にお土産持ってくんだけどね。いっつもお返しにおやつくれるの。ね、尚」
「うん、いつもおいしいよね」
実雅様から言われて、訪問先へは弟がよく着いて来てくれていた。
弟は誰からも可愛がられるタイプだから、いいクッションになってくれるんだよね。
「でも毎回お礼のお文書くのがなかなか大変でさぁ。笛と筆の格差がね。あはは」
「お前やりすぎ」
黙って聞いてた親房様が呆れたように言う。
「何を?」
わからなくって弟を見ると、不安そうに首を振る。
「全部だよ。好感度ブチ上げすぎなんだよ」
「えぇっ?どのへんが?」
礼儀・実力・ポンコツの黄金比が人を惑わすらしい。
え、ひどくない。
そんな言い方ある?
「ちか、もうちょっと普通に褒めてくれてもいいんだよ」
「それじゃ意味ねぇだろ」
(なんの意味?)
親房様の言うことって時々よくわからない。
「まぁ、心配すんな。だれも”すげぇお前”なんか求めてねぇ」
彼はそう言って笑った。
物忌みの7日間が終わった日。
「やっと半分ですね」
「うん、大変?」
「退屈で死にそうです」
「はは。そりゃ大変だ」
7日間の潔斎のために賀茂の社家へ移るので、実雅様とはしばらくお別れだ。
(”お別れ”だって。大げさだな私)
たった7日じゃん。
でも実雅様と結婚してからそんなに会わないなんて初めてかも?
と、考えてたら突然言われた。
「そんなに泣かないで」
「ぜんぜん泣いてませんけど」
「おかしいな」
「おかしくないです」
実雅様はいつも通り笑っている。
そんな風に先手を打たれると絶対泣けない。しんみりもできない。
でもやっぱりなんか離れがたくて――。
「文、くださいね?」
「返事くれるの」
「字ヘタですよ」
「いいよ」
「否定するとこです」
意味のない会話を繰り返して一緒に笑っていると、家の者が呼びにきた。
牛車の準備ができたらしい。
「小霧――」
呼ばれて振り向くと御簾の向こうの彼が手招きしてる。
なんだろう。
御簾のぎりぎりまでくっついて耳を寄せる。
彼がひそひそとささやいた。
「賀茂社は縁結びの神様だよ」
「?」
「ちゃんとお祈りしてきてね」
「!」
思わず右耳を押さえて見ると、御簾の隙間に彼の目が見えた。
いつもと同じの優しい瞳がぎゅっと私を捕まえる。
突然せり上がってくる何かを感じて、奥歯を噛んだ。
「姫様――」
家の者が急かす。
牛車に乗った。
右耳がむずむずする。
ささやきが残る耳を押さえ、あふれそうになる想いに蓋をした。




