内裏の洗礼で瀕死です
(お、主上?って――え、帝……⁈)
「嫌だわ、聞いてらしたんですか?」
「いや?聞いちゃまずい話してた?」
「まさか。主上に聞かれてまずい話なんてありませんわ」
「……」
びっくりしすぎて声が出ない。
笑っていた実雅様を思い出した。
(私ってやっぱりバカなんだ——)
そうだよ。着てる物だって、全然違うじゃん。
私何見てたんだろう……。
「姫、今日も来てくれてありがとう。あなた方の笛や箏、私のところまで聞こえていたよ」
「そ、そう、ですか……」
「?――どうかした?」
掠れた声で返事をすると、主上が不思議そうに声をかけてくださった。
気さくが過ぎる……。
ショックで目の前が真っ暗だ。
不敬罪ってどんな罰を受けるんだろう?島流しとか?
(さよなら、実雅様——)
あまりのことに目が虚ろになる。
顔面蒼白で一言も喋らないのをおかしいと思ったのか、透子様が私を覗き込む。
「……小霧ちゃん、大丈夫?」
「はっ、透子様……私一瞬あの世が見えて」
「もうっ、何言ってるの」
ぼそぼそ二人で話してるのを見て、若草の姫がありがたいほどハキハキと声をかけてくれる。
「あ、姫は主上とお会いするの初めてかしら?」
(わわわわ~~~!やめてやめて、そこつつかないでーっ!)
なにこれ内裏の洗礼?
無垢の呼吸・壱ノ型・純真乱舞……!
小霧、瀕死です……。
彼女はにこにこと言いながら、首をかしげた。
「初めてじゃないですよね?あれ?」
「え? 姫、ひょっとして——」
変わらないキラキラした笑顔のまま、うれしそうに主上がおっしゃった。
しんだ。
「……実雅様っ!!!どうして教えてくれなかったの?!」
やってきた彼を捕まえて詰め寄った。
「~~~っ」
お腹を抱えて笑いを堪えている。
ひどい。笑い事じゃないのに……!
「びっくりして恥ずかしくって、しぬかと思いましたっ」
「ははっ……そりゃ大変だ」
「もうっ!!」
悔しくって、止まらない。
「今日だって、私が女御様と会うって、実雅様ぜったい知ってましたよね?」
そうなんだ。女子会ってどういうことかなって、実雅様には相談してた。
「『行けばわかるんじゃない』とかって、わざと言ってくれなかったでしょう?!」
自分がバカなのを棚に上げて実雅様には申し訳ないけど、どこにも気持ちの持って行きようがない。
さすがにこれくらいの八つ当たり、許してもらえるよね?
だってお家存亡がかかってる案件だよ?
「――!不敬罪で一族郎党、罰を受けたり……?!!」
「あっはっは、そんなこと気にしてたの?」
「気にします!」
気付いたら彼の腕の中にいるんだけど今それどころじゃない。
(まって、私主上にどんな態度だった……?)
初参内から笛レッスンを思い出してぐるぐる悶絶していると、頭の上から優しい声が降ってきた。
「大丈夫だよ」
「でもっ……!」
「うん?」
「……」
穏やかに笑っている彼の目を見た瞬間、すっと気分が冷えた。
ひょっとして――。
「実雅様、ずっと前から知ってました?」
「何を?」
「主上からのお召しだって」
「うん?」
「いつから?」
「いつからかなぁ」
はぐらかすように彼が私の頭に顎を乗せた。
おば、紀伊の君から文が届くよりもずっと前から、お召しがあるって知ってたんじゃないかな。
前に湯殿に文を持ち込んでたのを思い出した。
あの文ってひょっとして……?
彼の胸を押し、じっと顔を覗き込んで聞いてみる。
「なんで黙ってたんですか?」
「言う必要ある?」
お前にもうすぐ帝からのお召しがあるよ、って言う必要——。
「ない……」
「ね」
「でも……」
私がのんきに笛ばっかり吹いてる間、この人は何を考えてくれてたんだろう。
「――ありがとう……」
「こちらこそ」
「?」
「無敵の妻で救われたからね」
「どういうこと?」
(……ひょっとして”帝のお召し”、心配してくれてた?)
もう一度顔を覗き込もうとしたのに、彼がごまかすように腕に力を入れた。
急にぎゅうっと閉じ込められて、何にも見えない。いい匂いしかしない。
自分ばっかり顔隠してずるくない?
彼の袖を掴んでバタバタしていると、実雅様はまた思い出したのか、肩を震わせ笑い出す。
「もうっ!忘れてください!」
「だって……存じ上げない方って……くっくっくっ」
途中からはぜったい面白がって黙ってたよね?
ひどすぎる。
「ぐぅ……」
彼があんまり笑うから悔しくって半泣きになっていると、それを見てまた彼が笑う。
笑いすぎ。
とりあえず島流しは免れるみたい。
私は彼の腕の中でほっと胸をなでおろした。
内裏の事情に巻き込まれてることなんてすっかり忘れて――。




