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動けないのは魔法のせいです

みやこ一の風流人(小霧推測による)の大納言邸潜入ミッションのため、私は張り切っていた。

この日のための勝負服も、普段ぜんぜんやる気の出ないお裁縫をがんばって仕上げた。

いそいそと着替えようとしたその時――。


「姫様、お文ですよ」


ヤツからなぜか文が届いた。


(もうっ、何でこんなタイミングで送ってくるかな!)


母の手下の女房が持ってきたので、即レス対応が求められる。

心の中で舌打ちしながら文を開くと、いつもの平安笛レポートだ。


(くっ、今回も読ませやがる)


適当に5文字だけ返せばいいものを、うっかり読み込んでしまった。


(ぐぬぬ。面白いじゃないか。本になりそう『平安笛奇譚』とか……)


しょうもないことを考えながら5文字の返事を書く。

入念にアリバイ工作をし、「空蝉(うつせみ)の術」(お布団に抜け殻を仕込むアレ)を発動させてから家を出た。




(さすが京一の風流人……)


まんまと潜入に成功した私は、大納言邸の初夏の庭にうっとり見惚れた。

暮れかかった庭に焚かれた篝火に、紫陽花の濃い紫が浮かび上がってる。

曇り空さえもドラマチックでロマンチックだ。


「ねえさ……水無月。あまり御簾に寄っちゃだめだよ」


御簾(みす)が膨らみそうなくらい前のめりになってたら、弟に注意された。

「水無月」は今回のミッションのコードネーム。弟の女房って設定で潜入したからね。


弟は爽やかな水色の直衣を着ていた。

篝火マジックか、いつもより2割くらいは男前に見える。


(これは危険な場所だ……こういう場所でロマンスが始まるに違いない)


笛レポーターの実雅様はここへは来ない。ちゃんとリサーチ済みだ。安心して楽しめる。

大納言様に挨拶しに行くという弟を見送って、私はミッションに集中することにした。

つまりは管弦・宴をのんきに楽しむのだ。

でも、なんとなく息苦しい。


(ちょっと帯を締めすぎたかな)


慣れない女房装束が重い。興奮し過ぎてるのか頭もふわふわする。

落ち着かないと。

――と、声をかけられた。


「これ、いかがですか?」


かわいい女房が豆菓子を差し出しにっこり微笑む。


(さすが大納言邸。女房のレベル高……)


「いただきものなんですけど、よかったら」

「いいんですか?ありがとうございます」


お礼を言い、ウキウキと豆菓子を口へ放り込んだ。

カリっと砕けてほんのり甘い――。



あれ。



篝火の光とお酒のにおいと湿った空気と人の気配と……。

何もかもがぐるぐるして、ごちゃまぜカーニバル状態。


これ、なんかやばくない?


私、今タイトロープダンサーになってる?

目がちかちかして耳の奥がグラグラして、うなじに冷たい汗が滲んでる。


宴でビジー状態とか、どんなバグ?

引きこもって笛だけ吹いてるから?


(なんだこれ……)


苦しくて胸を押さえたとき――。


どこかから、光が差し込むみたいに音が届いた。

キラキラ優しく鼓膜を震わせる。


しょうの音――。そうだ、これ聴きにきたんだった……)


光る音は、投げ入れられた命綱みたいに思えた。

溺れないよう、耳を澄まして音を追いかける。




いつの間にか周囲は凪いで、私は御簾の内で、じっと楽の音を聴いていた。


突然、一緒に聞こえていた篳篥(ひちりき)の音が上ずった。と思ったら、少し音が沈む。笙がそっと支えるような気配がする。


(ふふ。どんな人が吹いてんだろ。笙仙人とお調子者の男の子、って感じかな)


もう息苦しくない。


宴席はほどけていて、あちこちから笑い声や歌声が聞こえてくる。

笛や箏で遊んでいるのも。


さっきまでが嘘みたいにうずうずしてきて、笛を握り締めた。


だって一緒に吹こうって誘ってない?


(吹いちゃってもいいかな)


またふわっと笙の音が流れてきた。


ほら、あの音。


私はそっと笛の音を滑り込ませる。





その時、御簾の前に人の気配がした。

笛の手を止める。


誰だろ。


ほのかにどこかでかいだような匂いがする。


「失礼。あまりに見事な笛で、どんな方かと思いまして」


(なになに、なんかキザな感じの人来た……)


よく通る低い声にすらりとした立ち姿。

身分の高そうな雰囲気だよね。

こういう時ってどう返事をするのが正解なんだろ。

考えてたら、弟の気弱な声がした。


「その者に何か不手際がありましたか?」

「――尚継殿」


(尚の知り合い?)


こんな人が?


今まで聞いたことのある男の人達をあれこれ思い浮かべてたら――。

弟の次の言葉に凍り付いた。




「――実雅様、来られてたんですね」




なんで?

来ないはずじゃ……。


(ヤバい。早く帰らなきゃ)


頭の中で警告灯がグルグル回り出した。どっと冷や汗があふれてくる。

そんなこと私以外知るわけなく、二人はのんきに話している。


「おいでにならないと聞いてましたが――」

「ええ、ちょっと紫陽花が見たくなって」


実雅様が弟に返す。

なんか。

もったいぶった感じに聞こえない?

私の思い込みのせいかな。


(……めっちゃキザ)


―― めっちゃイケメンってことですよ姫様 ――


女房が言ってたのを思い出した。

ほぉ?

どんだけイケメンか、ちょいと確かめてみよう。


紫陽花のための篝火で庭は明るい。

こっちの方が暗いから向こうがよく見えた。

少し御簾の方へ寄って、そうっと見てみる。


「……」


初めて見る実雅様は想像よりぜんぜん――。




言いたくない。




篝火に照らされ輪郭がほんのり光って見えた。

背が高くって、白地に紫陽花の模様が織り込まれた直衣が嫌味なほど似合っている。


切れ長の目に形のいい眉、すっと通った鼻筋に引き締まった頬。


なんでこんな人が私の笛レポーターを……?


「尚継殿はこちらへはよく?」

「はい、小鳥合わせに加えていただいてまして」

「なるほど」


実雅様は少し考えて、こちらに視線を向けて言った。


「――お知り合いの女房殿が?」


たぶん大納言邸の女房だと思ってるよね?それでいい。それがいい。それでいこう!

て、弟に念を送るけど、届くわけない。


「我が家の女房を連れてきてまして」




はいアウト。




(もう、早く終わって〜!)


縮こまってると、実雅様はこっちを見透かすように目を細めて微笑んだ。


「女房殿を?」

「はい、笛が得意なもので」

「笛が……」


実雅様が何かを考えるようにつぶやいた。



終わった。



これ、終わったね。

平安世界で笛って男の人のものだもん。女子が笛吹いてる時点で身元特定案件だよね。

でも普通の姫はこんなとこ来ないしさ。ワンチャンいけんじゃない?

いやいや甘いよ、私のツボを知ってあんな文ばっか送ってくる笛レポーターなんだよ?

はい、終了ー。


私の中は大混乱だ。


「……確かに素晴らしい音でしたね」


こっちに向かって言ってるし、返事すべきとこ?

いや、怖すぎて返事なんかできない。むり。


「水無月……」


弟が返事しろってオーラでこっちを見てる。

仕方なく声を絞り出した。


「……恐れ入ります」

「はは。あんなに楽しそうに吹いてらしたのに。それほど硬くならなくても」

「お耳汚しで……」

「水無月殿とおっしゃるんですね……。今日にぴったりだ」


実雅様が意味ありげに付け加えた。


(!なんでっ……なんでこんなベタな名前にしたかな!私のバカっ)


手のひらは汗でびっしょり。胃もキリキリし出した。


向こうから誰かが実雅様を呼ぶ声がする。

彼が振り返って返事した。


「ではまた――」


なんとなく含みのある言い方をして、実雅様は去って行った。

途中、御簾の向こうから何度も声がかかるようで、実雅様が軽口で返してるのが見える。



「尚、帰ろう」

「え、うん。いいの?」

「うん、帰ろう」




いつの間にか雲が途切れて、月が明るい。

簀子(すのこ)に白い光が射している。

弟に手を引かれ、牛車(ぎっしゃ)に乗ろうとしたところで持っていた扇を落とした。


「尚ちょっと待って、扇落とした」

「水無月殿――」

「!」


びっくりして心臓が飛び出るかと思った。

扇を拾い上げた瞬間、さっきの声が私を呼んだ。


(実雅様!わーっ追いかけてきた⁈なんで!)


そういや家に着くまでが遠足だったっけ。

絶望的な気持ちになる。

え、「尚」って呼んだの聞かれたかな?女房がそんな風に呼ぶわけない。

やば……。


(しかも月までこんな明るいし……)


平安の「姫」が男の人に顔見せるとか完全アウトなんだけど。

満月が突然顔出してきたから、今の私、丸見えじゃん。

前世があるから割と平気な方だけど、さすがにこの状況は――。


(消えたい……)


「~~~」


と、とりあえず下向いとこ!顔隠しとこ!

あれ、扇って何するものだっけ?

混乱してると実雅様が私の手からするりと扇を抜き取った。


びっくりして思わず顔を上げたら――あれ?めっちゃ近くない?

切れ長の目がじっとこちらを見下ろしてる。


(わぁ……近くで見ると……)


月の青白い光を初夏の空気がやわらげてる。

彼の頬を照らす光の粒が見えそう。

湿った空気が、よく知ってる匂いを運んできた。


あ、いつもの文の匂いだ。



――目が合うと動けなくなるんでしょ?――


(ほんとだ――)


女房の言葉をまた思い出した。




石化の魔法で、私は動けない。

魔法のせいで胸が詰まる。




「……」


彼がふと笑う。


と、魔法が解けて息ができるようになった。


「笛を聴かせていただいたお礼です」


そう言いながら代わりに彼の扇を私に握らせる。


「え……?」

「また文を書きます」


親しそうな声で我に返った。

私、今どっか行ってなかった?


「……っ結構です!!!」


もらった扇を握りしめ大声で言って、バタバタ牛車に乗り込んだ。




帰りの牛車で、扇をそーっと開いてみる。綺麗な細工がされた一級品だ。

相変わらず文字の書きっぷりも垢抜けてる。


(なんかこの歌……)


艶めかしくも読めちゃうような……。


いや、考え過ぎ。私おかしくなってる。

だって私の和歌スキルなんて最底辺なんだから。



――いやだ姫様。動けなくなるのは"ときめきで”、ですよ――



(ときめいてなどいない!!!)



悔しくて、心の中で叫ぶ。







私、どうしたらいいんだろう。










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