何も知らない笛吹き姫
「ねぇ、ひょっとしてちかとあっきーも知ってた?実雅様があちこちの宴に行ってたの」
二人は顔を見合わせる。
「まぁな。実雅様、内裏でしょっちゅう声かけられてたし」
「どこの邸の宴に来てたとか、噂もよく聞いたよ」
(そっか、みんな知ってるようなことだったんだ……)
私が一番知ってなきゃいけなかったのに。
親房様が少し考えてからボソッと呟いた。
「実雅様にとって俺らは、お前を自由にするための存在だよ」
「どういう意味?」
「ちか、それは――」
秋成様が、親房様が話すのを止めようとする。
「いんだよ、こいつ言わなきゃわかんねーし」
親房様が諦めたように言う。
(わからずやでごめんね)
でもわからないから言ってもらわなきゃいけなくって。
「お前が自由に動けるように助けてやってくれって頼まれたんだよ」
「実雅様が口出しすると、僕たちが自由にできなくなるから任せたって」
(そんなことまで二人にお願いしてくれてたの?)
実雅様に相談できないから、わからないことも困ったことも、二人になんでも相談してた。
それで、三人が一番動きやすい方法を毎回考えて――。
それが全部彼の指示だったってこと――?
「そんな……」
思いもよらない話に言葉が出ない。
どうしてそこまで私の自由を守ろうとしてくれるんだろう。
―― 小霧はいつだって自由だよ ――
実雅様の声がよみがえってきて、のどの奥が熱くなる。
泣きたくなんかないのに、どうやっても止められない。
だって、実雅様だけじゃない。
弟も、この二人も。どんな気持ちで私の我が儘に付き合ってくれてたんだろう。
「あっきー、ちか……ありがとう」
みっともないほど泣く私を見て、親房様が呆れた顔をする。
「だいたいお前、おかしいと思わないの?」
「……なにが?」
「俺たちとこんだけ会ってて噂にならないのとか」
そういえば――。
貴族の間での噂なんて一瞬で広まる。
「花の牛車」も「笛吹き姫」も翌日には知られてた。
結婚してるのに男の子と交じって笛吹いてるなんて、良くない噂をされてもおかしくない。
「それって……」
「うん。変な噂が立たないようにって、それも頼まれた。二人が結婚したころにね」
(私ひとりだけ、笛しか吹いてなくって――)
自分のあまりの鈍感さが嫌になる。
なんで今までそんなこと考えもしなかったんだろう。
二人が弟を気にかけてくれてるのを、ただ単純に仲がいいんだと思ってた。
その裏に誰かの思いやりがあるなんて、考えもしなかった。
私これ、重罪じゃない――?
「大事にされてんだよお前は」
「僕たちにもね」
「……っ」
いたずらっぽく言う秋成様の笑顔に、二人に抱きつきたい気持ちになる。
涙と鼻水でもうぐちゃぐちゃだ。我ながらひどい。
「泣くな!うっとうしい」
見かねた親房様が顔をしかめて言うけど、止まらない。
だってこんなにずっと、みんなにもらってばっかりで――。
子供みたいに大声を上げて泣きたい気持ちをぐっと堪える。
「どうしようっ……」
「何だよ」
「どうしたらみんなにお返しできる……?!」
「そんなもんはいらん!」
親房様がなぜか怒って言う。
「お前はバカみたいに笑って笛吹いてりゃいんだよ」
「ちかっ……!うんっ めっちゃ吹く~~~」
「ふっ」
秋成様が吹き出した。
もうびっくりするくらい笛吹きまくって、世界を変えるしかない。
でもその前に、やらなきゃいけないことがある。いつもみたいにモジモジしてる場合じゃない。
全身全霊で、実雅様にありがとうを伝えないと――!
(行ける。やれる……!)
やってきた実雅様をキリリと見据え、姿勢を正して口を開く。
「実雅様にお話があります……!」
「なに、突然」
実雅様が、私の気迫に驚いてこっちを見た。たぶんいま沸騰して湯気出てると思う。
私の顔を見て、彼はふっと口元を緩めた。
「なになに小霧ちゃん、やっと愛の告白?」
「いえっ!全然そんなんじゃなくって!!」
「えー?全然?」
彼が楽しそうに言う。
顔を覗き込まれて茶化された瞬間、張り詰めた緊張に穴が開く。
あれ?
とたんにしどろもどろになる。
(私のバカ……!なんでもうちょっと頑張れないの?!)
「いや、ちょっと、あの、その」
「うん?」
優しい笑顔で見つめられ、ますます勢いがしぼんでいく。
どうにかしないと……!
「目を閉じて、喋っちゃダメです」
「えー……」
「いやなの?」
軽く絶望的な気持ちになって彼を見上げた。
「ちょっといや」
まぁ、そりゃそうか。
何されるかわかんないもんね?
「何もしませんよ?」
「何もしないの?」
「……うん」
「してほしいなぁ」
「……っ」
(この人のこゆとこ……!)
「だからっ……喋っちゃダメ!」
「あはは!ごめんごめん、わかった。ん」
彼は目をつぶって黙った。
突然しんとして、さっきまで聞こえなかった衣擦れや息遣いが私をじわじわ追い詰める。
(なにこれなにこれ。どうしよう?)
緊張で指先が冷たくなってきた。
ふと見ると――。
実雅様の肩、震えてない?
「なんで笑ってるんですか?」
「ははっ――だってすっごい緊張してるから……」
「……」
もう無理だ。
透子様直伝の作戦その2に移行する。
行け、小霧。
「わっ」
どんと体当たりするみたいになってしまった。
ハグしようとしただけなのに……。
(どこまでも上手くできない私……)
「あはは。ひどい小霧ちゃん、何もしないって言ったのに」
「……」
こっからどうしたらいいんだろう。
恥ずかしすぎて彼の胸に顔を隠してたら、背中に腕の重みがかかった。
「何か言うんじゃなかったの?」
「……そう思ったんですが」
「うん?」
「……」
何言うんだっけ。
よくわからなくなってきた。
くっついてる温かい体が、「硬すぎ」って笑ってた彼を思い出させる。
こわばった体をそっと緩めてみた。
「これなら硬すぎない?」
情けなさで涙目になりながらおそるおそる聞いてみると、彼が小さく笑った。
「気にしてたんだ」
「だって……」
「そういうとこがかわいいんだけどね」
「よく、わからないです」
目を細めてじっと見るから、私の中の何かがゾクゾクする。
「緊張する?」
「うん」
「いいね」
「なにが——」
「大丈夫でしょ?」
ぜんっぜん大丈夫じゃない。
緊張がピークに達し、今度は力が抜けてふにゃふにゃだ。
彼は、体に力が入らない私を抱きとめて撫でてくれた。
これからもっともっと大きな波に飲まれていくことを、この時彼はもう知っていて、黙っていてくれたのだ。
私だけが何も知らず、ただ温かな腕に、匂いに、包まれていた——。
<第二部完>




