表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/46

"妻"っていったいなんですか

「あれは、奇跡だな……」


あんなに美しいのに、箏もあんなにすごいなんて。

天は二物を与えたんだ。ほんと、透子様ってば奇跡。


「何が?」

「ひっ……」

「なに、その反応」


クスクスと笑いながら実雅様がすぐそばに腰を下ろした。


(実雅様ってなんでいっつも笑ってるんだろう?)


私、どっか変なところあるのかな。

なんとなく恥ずかしくって口がへの字になる。


「いえ……」

「今度は何見つけたの?」


脇息を引き寄せ、頬杖をつきながら私を眺める。


「あやめ様が紹介してくださった透子様に会ってきたんです。すっごく綺麗なのにすっごく箏が上手くって——」

「ふーん」

「私、ずっと一緒にいてくださいってお願いして」

「へえ?」


興味が湧いたのか、ちょっと体を起こして聞く。


「俺には言わないの?」

「なにを?」


ニコニコして、またくっついて来た。

なんの話だ?


「言ってみたら?」

「だから何を――」


(……何を?)


一瞬、頭の中が空白になって、次の瞬間、理解した。

私のバカ……!!!!!


気付いた私をにやにやしながら眺めている。


「うん、何かな?」

「……」


顔を覗き込んでくる。

ダメだしんでしまう。


「言えないの?」

「言えない……です」


ぶるぶるしながら見上げると目を細めてさらにくっついてきた。


「へー」


(ピンチだ。試されている……!)


とにかく"妻”たるもの、今回は引いてはいけないとお腹にぐっと力を入れてこらえる。


「ははっ、失格!」

「ぇえ~……」


思わず情けない声が出た。


「硬すぎ!」


彼はまたクスクス笑っている。



だからそれ、反則だよね?





この日は秋成様の邸へ行く予定で、朝からバタバタと用意をしていた。

そろそろ迎えの牛車が来る頃かと待っていると、母がやってきた。


「小霧ちゃん、わたくしのね、姉のところの一の姫がね」

「はい。どうされました?」

「あかちゃんができたんですって…!」

「……」



きた。



(ぜったい近々くると思ってたやつ……!)


母はうっとりと虚空を見つめている。

彼女を刺激せず、このままお引き取り願う方法を大急ぎで考えないと……。


「そ、それはおめでたいですね……!」

「小霧ちゃん、わたくしね、観音様に毎日お祈りしているの」


(お祈りって、ひょっとしなくても私のことよね……?)


「では私も母様を見習って……」

「小霧ちゃんはいいの!」


’なになに、どういうテンション?わからん。


「え、でも……」

「わたくしがしたくてしてることですからね」

「あ、はい。ありがとうございます」


(この答えで合ってるのかな)


母がちらりと私を見て言う。


「最近、実雅様のお通い、前より間遠(まどお)になってませんか?」

「ええ……。何やらお忙しいようで」

「尚継もしょっちゅう出歩いてるようだし……」

「そうですか」


(はやく……早く終わって~~~)


背中に汗をかいてきた。


「殿方のお心を捕まえておかないとね。かわいくね、小霧ちゃん」

「はぁ……がんばります……」


かわいく、とは?


(私にそんなのインストールされてた?)


てかダウンロード先教えて。

え、もっかい転生しないと無理じゃん?


まって。か、かかか、かわいいだけじゃだめなんじゃなかったっけ……?!

どんどん汗が出てくる。



むりすぎない……?



ちょうどその時、迎えの車が来たと呼びに来た。


「小霧ちゃん、今日もおでかけ?」

「はい……。今日は大野の権中納言様のところで……」

「……そう。気を付けて行ってらっしゃい」


何か言いたげな母を置いて慌てて牛車へ向かう。


(助かった……)


あっぶな。

もうちょっとでかわいいの渦にもみくちゃにされるとこだった。





透子様が入ってから初めて演奏は、秋成様の邸の宴を選んだ。


(透子様……今日も麗しい)


「小霧ちゃん、よろしくね。緊張しちゃうわ」

「ぜんぜん大丈夫です!いつも通りで!」

「ええ。父も入りますし。よろしくお願いします」


秋成様のお父上は琵琶の名手らしい。

今回は即興演奏を一緒にしましょうって、珍しい管弦の遊びのお招きだ。

腕は必要だけど、四人のデビューにはカジュアルな方がいいかなって相談して決めた。



秋成様の父上が撥を振る。

透子様の箏の音と重なり響き合い、音の波紋が次々と広がっていく。

柔らかく広がる笙の音と、篳篥が発する声を聴きながら、私は音を巡らせた。


(——もういっそお前は笛だって誰か言ってくれないかな)


だって笛吹いてるときが一番”私”なのに。

妻とか母とか正直よくわかんないんだよね……。


ふと透子様の視線を感じた。

かすかに拍子が揺らされる。

驚いて、笛の音が少し上ずってしまう。

秋成様が気付いてそっと音を差し伸べる。

親房様がそれに合わせた。


横にいる透子様をちらりと見ると、にっこりかわいく微笑んだ。


(バレてる——)


さすが私の女神。


苦笑いして、私は音の波へと飛び込んだ。

流れる音が飛沫となって私を包む。

肌が粟立つ——。


一瞬先に見える音を次々と拾い上げながら、輝く波間を泳いで行く。


すぐそばで息を継ぐ美しい人たちと、揺れながら、震えながら――。




宴席はほどけ、歌ったり笑ったりワイワイと賑やかだ。

ぼんやりその様子を眺めていると、席を外していた透子様が戻って来た。


「小霧ちゃん、考え事?」

「透子様……。相談していいですか……」

「私に答えられることかしら?」

「透子様に聞いてもらいたくって——」


(だって他の人に言えるわけない)


母にも身近な女房にもあやめ様にも、誰にも。


実雅様と結婚して数ヶ月たつのに、ちゃんとした夫婦じゃないなんて。

私たちには何もない。

これってどう考えたらいいのかな。


ずっと気になってたのに、見ないふりしてきた。


「え、と。小霧ちゃん、結婚したのはいつ?」

「葉月でした」

「今って……」

「……はい。待たせすぎですよね」


透子様は不思議そうに首をかしげた。


「待たせてるの?――小霧ちゃんが嫌だって言ったわけじゃないんでしょう?」

「はい――」

「彼が、あえてそうしたいってことかな」

「……よく、わからないんです」


そう。ほんとによくわからない。

時々近くてびっくりすることがあるし、そんな雰囲気もゼロじゃない。


「でも、『早く』とも言われてないんでしょう?」

「えっと……『いつまで待たせるの?』って、冗談っぽく言われたことは、ありますけど」

「ふふ。勝手に待ってるのにズルいわね」

「え……?」


(『勝手に待ってる』……?)


何かに気付いた私を見て、いたずらっぽく笑った。


「小霧ちゃんに言い訳させたくない……とか?」

「言い訳……?」

「『無理やり結婚させられた』とか『そんな気なかった』ってね」


言葉の意味をうまく飲み込めない。

どういうことだろう。

えーっと、つまり――。


「私が”そんな気”になるまで、待ってるってこと……?」


(そんな風に考えたことなかった。……ほんとに?)


「……わかんない!」


透子様はくるっと表情を変えて明るく笑った。


「今のはぜーんぶ私の勝手な想像よ?」

「想像……」

「うん。彼にしか答えはわからない。だから——確かめてみたら?」


(そんな気軽に……)


透子様は今日のごはんを聞くくらいの気軽な感じで言う。

そんなこと聞いてる自分、想像もつかない。


「どうやって……」

「毎日来てくれるんでしょう?」

「はい」

「毎日会えるわ」


(しまった――!)


自分のことに夢中になって、透子様の傷に触れてしまっていたことに今更気付いた。

謝るのもなんだか余計に悪い気がする。

こういう時どうしたら――。


「あら、ごめんなさいね。ふふ」


彼女はわざとらしく、ちょっとだけ意地悪な顔をして笑った。


「透子様……ごめんなさい」

「大丈夫よ、何にも問題ない。聞いたのは私だし。相談してくれて嬉しいわ」

「ありがとうございます」


透子様が優しく微笑んで、もう一つ聞く。


「小霧ちゃんがどう考えてるか、ちゃんと話したことはある?」

「私がどう考えてるか……?」

「小霧ちゃんはどうしたいかなって」


確かに。

恥ずかしいとかペースに飲まれたくないとか、そんなことしか考えてなかったかも。


「でもあんまり考えすぎるのも良くないから……」

「はい」


もうすでに迷子になって笛になった前科がある。

たぶん私、考えるのあんまり向いてない。


「直感でいいのよ」

「直感?」

「ぎゅってしたいなって思ったらそうしたらいい」


(ハードル高い……)


私にそんな日来るのかな。


「ふふ。無理って顔してる」


なんでわかるんだろ。


「それはまだってことね」


いたわるように笑ってそう言った。


(透子様って大人……)


この人はいったいどれだけのことを乗り越えてきたんだろう。

どうやって今こんなに綺麗なんだろう。


「透子様……だいすきです」

「ふふ、私には言えるのにね。私も大好きよ小霧ちゃん。大丈夫」



大丈夫――?

ほんとに?


彼は”勝手に”待ってて、私は”まだ”で。

でもそのうち直感が働く日がくる、かもしれない。


(それっていつなのかな)


自分の中をそっと覗いて見る。


明日かもしれないけど、もっと先かもしれない。

やっぱりわからない。


でも、そんな日が来そうなことだけはなんとなくわかってて、それが私をじたばたさせる。




そうやって自分を抑えるのに精一杯だった。




彼がしょっちゅう来ないわけを知らない私は、やっぱりどうしようもなく子供だったんだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ