湯殿と私と北の方
おかしい。
実雅様が三日過ぎても毎日来るのだ。
「他の人んとこは行かなくていいんですか?」
ずっといるのがそれはそれで心配になって、思い切って聞いてみた。
我ながらバカみたいに直球だけど、まぁいい。
平安世界では三日連続通ったら結婚が成立するんだけど、もう十日以上はたっている。遊びに行かなくて大丈夫なのかな。
だって私たちは男女の間柄じゃないし。
もしや平安世界って、夫婦=添い寝で精神を高め合う的な……?
(なわけない。びっくりだよね、ほんと何考えてんだろ)
「他の人んとこ……」
実雅様は不思議そうな顔をしてから、ふと笑った。
「行った方がいい?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
「なに、どっか行きたいの?空蝉の術、つかう?」
「使いません!」
(くっ……なんで術名知ってんだ)
こうやって大人の余裕ムーブをかましてくるので、いっつも肝心なことを聞けないままだ。
「小霧ちゃんの顔見て湯殿使ったら満足でしょ?」
「……」
あっぶな。
目くらましワードにチカチカするとこだった。
ドンマイ☆流してこ!
(よそでは毎日お風呂入れないもんね)
平安世界では入浴日は占いで決められる。
転生後、一夫多妻のほかにこれだけは受け入れられなくって、我が儘を押し通して毎日入浴習慣をもぎ取った。
今では家族も使用人も、我が家は全員毎日入浴だ。
ちなみに、観音様が枕元に立って「毎晩湯浴みするように」とおっしゃったことになっている。
ただ、どんなにありがたい観音様のお言葉でも、世間の常識からは外れてることは間違いない。大っぴらにはできないけど、結婚したからさすがに隠せず、彼も毎晩湯殿を使うようになって――。
(これ、実は風呂目当て説あるな……?)
ライバル=風呂だった説……。
私に足りないのは湯気だったのかも。
またバカなことを考えながら他所んちを心配していたら、ついに来てしまった。
薔薇色の文が、他所んち代表のあの人から――。
(ついに来た……!)
でも薔薇色だな?
送り主は、実雅様の北の方。
彼がこっちに入り浸ってるからあちらには申し訳ないと思ってたんだけど……。
(にしては、なんか雰囲気おかしいような……?)
濃いピンクの紙といい、文面といい、心配してたあてこすりの気配がない。
突然文を寄越したお詫びと、一度会って話したいってことが簡単に書かれていた。が、彼には内緒に、と結んであるのに一瞬ドキッとしてしまう。
(こわ……くはないのか?)
文だけでは全然どんな人かがわからない。
でもこうやって丁寧に挨拶をもらってるのに「会いません」とは言えないわけで。
お伺いしますと文を返そうと筆を取ろうとしたとき――。
「小霧ちゃん」
(わわわーーー!)
びっくりしすぎて書いてた文をぐしゃぐしゃと文箱の下へ押し込んだ。北の方への文なんて、何言われるかわからない。
「あら、どうしたの?」
「いえ!母様はどうされました?」
「香炉を貸してくださる?まとめて薫物をしておきたくて」
よくわからない後ろめたさを抱えたまま母に受け答えし、やれやれと思ったら――。
「小霧ちゃん、実雅様とは」
「は……」
去り際に爆弾を投げ込んできた。
「仲良くなさってるの?」
なんて?
(もしや湯殿との三角関係、バレてた?)
まさか湯殿に嫉妬してたとは言えない。
いやいや。そうじゃない。
動揺でちゃんと考えられなくなってるじゃないか。落ち着け小霧。
「えーと?はい。毎晩来られてますね?」
「あなたどうしてそんなに他人事なの」
「え……」
めんどくさ。
と思ったけど、早く切り上げるにはひたすら下手に出るしかない。
「あ、すみません。仲良くしてます。喧嘩してません」
「……」
(そんなダメだこりゃみたいな顔やめて)
湯殿と一緒になって攻めてくるのやめてほしい。
それについては蕾どころか、まだ芽も出てないお話なんだから。
こわいのは北の方じゃなくて母だった。
ちっ、婿殿ガチ勢だからな。
(そういや北の方のお文、まだお返事してない)
翌日文机に目をやりぎょっとした。
シワがきれいに伸ばされて、文机に広げてある。
隅に、実雅様の筆跡で何か書いてあった。
―― 見てません。 ――
(いやいやいやいや。絶対見たじゃん!!)
書きかけの内容では、誰と何のやり取りをしているかはわからないはずだけど……。
その日の夜も実雅様はやって来たけど、何も言わないからついそのままにしてしまった。
なんとなくモヤモヤしたまま数日後、北の方から二度目の文が届いたんだけど――。
文は、今まで見たことのない調子で書かれていた。
やっほー、小霧ちゃん。
車手配するから約束の時間になったら乗ってきてね!
楽しみにしてる♡
あやめ
全体的に筆跡もまるっこい。前世でこんな文字見たことがあるような……。
(これが実雅様の北の方……。いったいどんな人?)
それからまた数日後。
実雅様の北の方、あやめ様が手配してくれた迎えの車がやってきた。
やけにカラフルな衣を着せられた牛飼い童と、頭に花を乗せられた牛の牽く牛車が——。




