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蘇りつつある記憶――。
まずは何から語るべきかというと、それはきっと俺のルーツに関わることからだろう。
俺は星鳴術士の両親のもとで育ち、あちこちを転々としながら暮らす毎日だった。
ギルドから要請がかかると両親は真夜中でも呼び出され、一人残された俺は暗闇の中で朝が来るまで震えていた。
何より辛かったのは、友達ができてもすぐにお別れのときがやってしまうことだ。
それでも、幸せな毎日だったと思う。
今となっては決して取り戻せない日常だ。
俺が12歳のとき、両親は大陸中央部のベイラード荒野での魔物殲滅作戦に従軍した。
三日三晩寝ずの激闘が続いたという。
俺は近隣の街で宿を取り、両親の帰りを待っていた。
両親は俺のもとを離れるとき、今回こそは生きて帰ってこられないかもしれない旨を俺に告げていた。
だから満身創痍ながらも生きて帰ってきたときは本当に嬉しかったし、普段は信じてもいない神様にだって感謝した。
だが、本当の悲劇はこの後訪れた。
狩りつくしたはずの魔物が街を襲撃したのだ。
残党の魔物たちにしてみれば、同胞を殺された復讐のつもりだったのだろう。
真夜中の急襲だった。
王都から派遣された星鳴術士のほとんどがすでに街を引き上げていたため、街に常駐している極限られた人数での迎撃となった。
異変を告げる鐘が鳴り響き、俺の目の前で多くの人が命を落としていく。
満身創痍の身でありながらも戦闘を続けていた父親は、ついに心を擦り減らし尽くしたことで魔物と化した。
父親の魔物としての形は獅子だった。
獅子は母を食い殺して、姿を消した。
街を襲撃した魔物は全ての星鳴術士を殺し尽くした。
鎮圧されたのは隣町からの応援部隊が到着してからしばらく経ってのことだった。
正真正銘、天涯孤独となってしまった俺は、ハンターになる道を選んだ。
獅子と化した父をいつか見つけ出し、この手で殺すためだ。
魔物が元は人間だったことを考えると、最初のうちは魔物を追い詰めることはできてもなかなか殺すことはできなかった。
いつの日か俺は思い切った。
ならばせめて、俺に牙を剥けてきた魔物だけでも殺そうと。
そしてもう一つ。不思議だったのは、星鳴術士の両親のもとに生まれたのに、どうして俺には星鳴術士としての素質に恵まれなかったのかだ。
のちにその理由を知ることになる。
俺は本当の子ではなかったからだ。
生まれながらにして孤児院に預けられて身寄りのなかった俺を引き取ったのだという。以来、本当の子として育ててきたのだ。
それを知ったとき、俺の決意はより確かなものとなった。
獅子と化した父を、息子であるこの俺が、この手で葬ってやらなければいけない、と。
朝が来る。
窓の外からは小鳥の囀りが聞こえてくる。
隣にアイリーンはいない。
体を起こし、宿の外に出る。
まだ朝日が上ったばかりだというのに、アイリーンは俺より先に起きて、瓦礫の片付けをしていた。
「あ、グレン。おはよー」
「早いな」
「わたしにも何か手伝えることないかなって」
澄んだ目でそう言う。
なんとも気丈なものだと思う。
本当はその瞳の奥に拭い切れない悲しみを湛えているはずなのに。
強い子なんだろう。
俺も手伝うことにした。
里の民たちも起きてきて、一緒に作業を進めていく。
アイリーンは一生懸命だ。
一瞬立ち眩みを覚えるくらいに、眩しい。
作業をしながらアイリーンに問いかける。
「アイリーンは聖女になったら具体的には何をどうしたいんだ?」
「復讐だよ」
さらりと答える。
「…………」
言葉に詰まる。
確かにそういう感情を抱くのも無理もないだろうが……。
「わたしの街を滅ぼした魔物たちをこの手でズタズタのギッタギタにしてやるの」
俺としてはアイリーンに復讐の道を歩ませたくない。
返答に困っていると、アイリーンは舌をぺろっと出し、
「なーんてね! 嘘だよ! ……でも、半分は本当。魔物たちをやっつけて、瘴気のない世界を作りたいの」
「瘴気のない世界を作る?」
そんなの、夢物語だ。
「瘴気は星が浄化しきれなかった負の想念。ということは、わたしが聖女になって、全ての魔物を葬り去ることができれば、少なくとも魔物による被害はなくなる。それによって人の悲しみや苦しみといった負の想念はだいぶ抑えることができるはずだよ」
本気で言っているのだろうか。
「全ての魔物を葬り去るなんて。そんなこと、できるはずが――」
「やってみせるよ、わたしは」
いつになく真剣な眼差しだ。
「……そうか。成し得るといいな」
だが、俺は知っている。
アイリーンのその大望は実現しないことを。
なぜなら俺は――。
「あの……」
顔を向けると、そこにはリン。
「昨日はごめんなさい」
申し訳なさそうに頭を垂れている。
「いいんだ、気にするな」
俺はリンの頭を撫でてやる。
「それと……おにーさんたち、大陸中の祠を回っていると聞いたから……。あの、これ、おかーさんに渡してほしいんです」
四つ折りの羊皮紙を渡してくる。
「おかーさん?」
アイリーンが問いかけると、リンは頷く。
「王都のギルドで”主任”をやってるんです」
「リンのお母さんってそんな偉かったんだ。すごいね」
「うん。とてもすごい人です。でも、なかなか帰ってきてくれません。だから、伝えたいことをこの手紙に書いたんです」
「うん、分かった。確かにこの手紙は渡しておくよ」
アイリーンはそれを受け取ると、リンの頭を撫でた。