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いつかキミを殺すその日まで  作者: 白砂海登
第一章 動き出した歯車
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 雲一つない青空の下、俺は一面に広がる草原を駆けていた。

 視線の先には猪型魔物――ワイルドボアの群れ。

 迫りくる俺に気づいたそいつらは俺の方へと向きを変え、狙いを定める。

「四体か。大したことないな」

 俺は腰からサーベルを抜く。

 勢いと勢いが交差したそのとき。

 先頭にいたワイルドボアが宙を舞った。

 鮮血を噴射させ、地面へと叩きつけられる。

 俺はというとそのわずか五秒の間に、続く三体を一度に斬り伏せていた。

 あとは後方の離れたところに固まっている三体だけだ。

 一気に仕留めようとサーベルの柄を握る手に力を入れる。

「……なんだよ、呆気ないな」

 魔物たちは俺に恐れを成したのだろう、俺が傍まで寄ろうとすると向きを変え、颯爽と立ち去っていた。

 このまま追いかけて仕留めてもいいが、こいつらは先頭の四体と違って俺に牙を剥いていない。

 ”まだ罪を犯していないもの”の命を奪うのは躊躇われる。

「おーい、グレン」

 俺の方へと駆けてくるのはガイ。

 逆立ったブロンドの短髪が向かい風を受けて揺れている。

 やつは俺と同じ”自警団員”の青年だ。

「どうだ、こっちは?」

「粗方終わったよ」

「オレの方はというと大変なんだ。ちょっと手を貸してくれないか?」

「ああ、分かった」

 見たところ俺よりは年下に見えるが、本当に年下なのかは分からない。

 何しろ俺には”何も分からない”のだ。

 自分の本当の名前、年齢さえも。


 応援に呼び出された先では、五人ばかりが鳥型魔物一体に苦戦していた。

 なかなか滑空してこないので取り付く島もない。

「参ったな……」

 空を仰いで呟いたとき。

 背後から火球が飛んできた。

 それはおれの頬すれすれのところを通り抜けて、魔物へと命中する。

 撃ち抜かれた魔物がバサっと音を立てて地面に落ちた。

「どんなもんだいっ」

 誇らしげにピースをするその少女は、アイリーン。

 後ろで結ったポニーテールが腰の辺りで揺れている。

「どんな魔物だって、わたしの手にかかれば瞬殺っ!」

「あのなぁ……。間一髪だったぞ。頬すれすれだ。一言くらい言ってくれてもよかったんじゃないか?」

 呆れ気味に俺が言うと、

「だって、めんどくさいしー」

「…………はぁ」

 俺は深いため息をつく。

 アイリーンは星鳴術士で、歳は17だ。

 星鳴術とは、星に訴えかけて様々な現象を引き起こすものであり、生まれつき星と通じ合える者だけが行使可能な異能だ。

 ひと段落つくも束の間、東の空から鳥型の魔物の群れが現れる。

「わたしに任せておいてっ!」

 詠唱を始めるアイリーン。

 10発の火球が間髪入れずに発射される。

 それらは狙いを外さず、魔物の群れを撃ち抜いていく。

「えへへ、どんなもんだいっ」

「おい、あまり調子に乗るなよ。明日に備えて――」

 言いかけたところで、

「……あ」

 意識が持っていかれたように前から倒れるアイリーン。

「ほら、言わんこっちゃない」

 駆け寄っていって抱きとめる。

 キャパを超えて星鳴術を一気に行使した反動だ。

 星鳴術はその代償として生命力を大きく消費する。

 なので乱用は危険というわけだ。

 背中にアイリーンを背負って歩く。

 冬の澄み切った青空の下。

「だから明日からの旅に備えて体力を温存しとけと言ったんだ」

「大丈夫だよ。一晩寝れば回復するから」

 あっけらかんと言ってみせるアイリーン。

「あの日も雲一つない青空だったよね」

 そういえばそうだったなと思い出す。

「あれから一年か……」

 あのときもこうして俺がアイリーンをおんぶしていた。

「びっくりしたよ。”キルベア”を三秒で倒しちゃうなんてさ」

 キルベア、それは熊とよく似た魔物で、体高二メートルほど。

 鋭いかぎ爪で引っかかれば容易に命を持っていかれる。

 もし得物を持っていない状態で偶然出くわしてしまった場合は死をも覚悟しなければいけないとされる危険な魔物だ。

 あの日、草むらで目覚めた俺の目に入ってきたのは、キルベアに襲い掛かられているアイリーンだった。

 アイリーンは詠唱呪文を唱えているようだが、何も発動しない。

 この頃のアイリーンはまだ未熟だったんだ。

 記憶を失っていた俺にはアイリーンのしていることの意味が分からなかったが、自然と体は動いていた。

 目の前の魔物を一太刀で斬り伏せる。

「それから自警団員として一年だね」

 行く宛もなかった俺は、街の自警団に加わることになった。

 アイリーンも自警団に所属するハンターだった。

 アイリーンが宿屋の娘ということもあり、以来、宿屋の一室を貸してもらってそこで寝泊りしている。

「ほら、着いたぞ」

「わー、お姉ちゃん帰ってきたーっ」

 とことこと歩いてくるのは、アイリーンの妹のアリスだ。

 まだ7歳の女の子で、すでに星と通じ合う素質を持っている星鳴術士の卵だ。

 そう、アイリーンもアリスも、かの聖女”アナスタシア”の子孫でもある。

「いいなあ、グレンにおんぶしてもらって」

 つぶらな瞳でアイリーンを見つめる。

「結構重いんだぞ」

「む……」

 じたばたと暴れだすアイリーン。

「もういいっ! 一人で歩けるから!」

 無理やり俺から離れ地面に降り立つと、一人で階段を上っていってしまう。

「お姉ちゃん、ぷんすか」

「重いは禁句だったな」

 と反省したところで、

「ニャー」と、暖炉の前で暖をとっていたネコのミミコが鳴いた。

「あ、餌あげるの忘れてたっ! ごめんねー」

 駆けていくアリス。

 なんともまあ、騒がしい。

 俺はふと虚空を見上げて、呟く。

「……いよいよ明日か」

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