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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

恋敵の王女殿下に婚約者と別れろと言われた

作者: 高月水都

嘔吐表現があります。

 初めて会った時彼はぼろぼろと涙を流しながら私の持っていたお弁当を食べていた。

 貧しくて、食べれる物を探してそれでも新鮮なものではなかったのを何とか工夫して作っていたみっともないもの。それでも、彼は喜んだ。


「納豆だ……」

 それ以来、我が領地で出来た大豆を発酵という加工方法で作られた食材を納豆と呼ぶようになった。





「始めちょろちょろ。中ぱっぱ。赤子なくとも蓋取るな」

 呪文のような歌。いや、歌のような呪文?

 取り敢えず、そんな妙な歌を歌いながら厨房で料理(?)をしていく。


「これでいいかな」

 鍋で作っていた物を味見する。ふわふわで白くてあったかいが、なんか妙な味だ。


「間違えたかな……」

 独り言を言っていると後ろから手が伸びて、そっと鍋の物を摘む動きが見える。


「洗うのが少なかったんだな。ぬか臭いって言うんだよ」

 銀色の髪を短く切った細身の青年が、微笑みながら教えてくれる。


「フォルガさま」

「おはようミーヤ。今日も早いね」

 それを言うのならフォルガもだろう。公爵子息であり、朝はいつも婚約者だからと告げられて迎えに来てくれるが、まだ4時台だ。


「ミーヤに早く会いたくてね」

「お世辞でも嬉しいです」

「お世辞じゃ……」

 その笑みじゃ騙されませんよと笑い返して、フォルガのお目当てであろう食事を用意する。


「うん。――いただきます」

 食事を見ると翡翠色の目の色を輝かせて、手を合わせて食事を始める。


「うん。美味しい。味噌がいい感じに熟成したね」

 茶色の飲み物を口に運びながら嬉しそうに頬を緩ませる。


「良質な塩が出来るようになりましたからね。後、塩を作る時に出来たにがり?というので大豆を絞ったもので豆腐?というのも出来るようになりましたよ」

「うん。豆腐も美味しい。すごいよね。僕のあやふやな知識でここまで作れてしまうなんて」

 幸せそうに食べる手を止めない。フォルガは箸という二本の棒を使って器用に食べている。


「搾りかすはどうしたの?」

「それが……使い道が分からなくて……」

「僕の知識だとその搾りかすでおからという料理が出来るんだ。味噌を作った時に出た液体が、醤油の始まりで、その醤油とかを使っておから料理が出来るんだ。後、おからを鶏や牛とかに食べさせると栄養が多いから美味しい卵や乳を出すよ」

「醤油ですか……どんなものですか?」

 尋ねるとフォルガはかなり記憶があいまいだけどと前置きをして説明をしてくれる。


 我が伯爵家は貧しかった。男爵家なら身の丈に合った生活が出来ただろうが、伯爵家という見栄を張らないといけない立ち位置なので、出費が嵩み、削れるところを削ろうと食事を削り、比較的育ちやすい大豆を育ててそれを食べていた。


 腐っても食べていた。


『納豆だ……』

 まさかがりがりに痩せた子供が泣きながら腐った豆を食べるなんて思わなかった。それが貴族でも雲の上の公爵家の子息だとは思わなかった。


「あの時は処刑されると思ったんだよね……」

 遠い目をしながら呟く。だけど、処刑も罰せられもせず、貴族界に爪はじきもされずに逆に我が家は貧乏だったのが嘘みたいに少しずつ貧乏から脱出している。


「うん。ごちそうさま」

 食事を終えて、手を合わせて食器を片付ける。貴族令息――しかも公爵令息だとは誰も信じないだろう行いに苦笑する。


「そう言えば、お水がもったいないからとお米の洗う回数を渋っていたのなら大根を煮る時に米のとぎ汁を使えば美味しくなるって」

「大根? 砂糖以外にもなるの?」

「サトウダイコンとは違う品種。探せばあるかもしれないね」

 フォルガの知識はかなりあやふやで試行錯誤が必要な物が多いけど、彼のおかげで貧乏は脱出できている。開発までの資金も援助してもらっているので助けられている。


 将来我が家に婿に来てくれると決まっていて、皆歓迎モードなんだが。


「ミーヤ?」

 知らずに溜息を吐いていたのを気付かれた。


「なんでもないよ」

 笑って誤魔化しているが、実際には厄介なことがあるんだよねと思いだすだけで頭が痛くなってくるのであった。





「ミーヤ・クレナイ伯爵令嬢。少しいいかしら」

 休憩時間にいきなり呼ばれるのも慣れてしまった。


 同じ伯爵令嬢だが、こっちは貧乏から少し脱出できて来た底辺で向こうは侯爵家に負けず劣らない伯爵家。見えないが格の違いがある相手。


「はい………」

 行きたくないなという気持ちでゆっくりした足取りになるがそれでも早くしなさいと急かされたら早く行かないといけないわけで。のろのろとついていくとある一室に入れられる。


「失礼します」

 そこにはすでに先客がいて……いや、呼び出した当人が待っていた。

「遅かったですね」

 多くの女子生徒と共に椅子に腰かけてお茶を楽しんでいるのは我が国の第二王女殿下。


「申し訳ありません……」

 呼び出されたことに文句を言えないので謝罪を告げるが、王女殿下からすればこちらの謝罪は全く興味は示さず。

「先日の話はどうなりましたか?」

 と、本題に入られる。


「先日の……」

「ええ。フォルガさまと婚約を解消する件です」

「そ……それは……」

 第二王女殿下は自分が降嫁するのに素晴らしい相手を探しているという噂があった。第一王女殿下はすでに同盟国に輿入れしている。ならば今度は国内に第二王女殿下を留めたい。それに相応しい相手として、目を付けられたのはフォルガであった。


「フォルガさまはシルバーグレイ公爵家の長男でありながら、なぜか伯爵家の婿入りなどと理解不能な現状に満足されているのはおかしいでしょう。あの方に本来の立ち位置でいてもらわないと」

 言われている言葉は正論で、もともと立場上口出せないのだが、ますます何も言えない。


「生徒会に所属して成績も優秀。身体が弱いから公爵の跡取りを弟に譲られたとありましたが、今ではしっかり身体もよくなったではありませんか。勿体ないと思いませんか」

 正論です。初めて会った時の姿が信じられないほど逞しくなりました。でも、それならすでに公爵家からその手の話が来ていてもおかしくないのにその話が無いことを疑問に思ってほしいものです。と言い返したいが口を挟むことは身分的に無理です。


「ねえ、分かりますでしょう」

 耳元で囁かれる。


「ああ、そういえば」

 ふと思い出したように、

「貴方の用意したお弁当でしたっけ? みっともないのでもうやめなさいね」

 王女殿下の傍にいる貴族の手にはなぜか作ってきたお弁当。


「生徒会の面々は特別室で食事をする特権を断って毎日あなたの作った冷たいお弁当。しかもナニコレ」

 蓋が開けられる。


「茶色と黒という地味なお弁当。こんなのフォルガさまに相応しくないわ。もちろんあなたもよ」

 もうあの方の前に姿を出さないでくれると命じる声と共に作ったお弁当はごみ箱に捨てられた。


 くすくすと笑いながら出ていく王女殿下とその側近ら。しばらく呆然と捨てられたお弁当を見てなんでこんなことになったのかと考えてしまい動けなかった。


「どうしよう………」

 フォルガに相談していればこんなことされなかったのではないか。


「あっ、そうだお弁当……」

 このままではフォルガが………。


 フォルガがすっかり健康そうに見えるから王女殿下も自分の伴侶と考えたかもしれないが彼には致命的な欠点がある。


 慌てて、フォルガの教室に向かう。

「フォルガは……」

 接触禁止とか言われたがそれに従う気などないと必死に息を切らして、フォルガの居場所を確認すると、

「さ、さっき、生徒会の面々が……」

 青ざめた顔で説明してくれる令嬢。よほど問い詰めるこっちの表情が鬼気迫っていて怖かったんだろうなと猛省をしつつ生徒会の面々御用達の特別室の食堂に向かう。


 間に合ってほしいと思ってノックもせずに中に入ると、

「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

 青白い顔でしゃがみ込み。必死に口元を押さえて耐えているフォルガの姿。辺りにはテーブルクロスが引き落とされていて、食事が床に散らばっている。


「フォルガっ!!」

 そこら辺にあったバケツを持ってきて、口元に持っていく。


「我慢しなくていいっ!!」

 告げると縋るような顔のフォルガと目が合い―――――。


 苦しそうに食材を吐いていた。








 フォルガの実家である公爵家はいろんな人に恨みを買いやすい家だ。逆恨みもあるし、政敵に狙われる事もある。


 幼い頃フォルガは毒を盛られたことがあった。

 

 毒を盛った犯人は……まあ、公爵に横恋慕している女性で、当時夫人が体調を崩していたのを知り、命の危険がある病気だと思い込み、フォルガさまを殺して、自分が公爵の子供を産むんだと勝手な思い込みで、命を狙った。


 そこで、夫人の体調を崩している理由が第二子を妊娠中でつわりが酷くて、療養していたからという事実があるのだが、そんなことを知らずにフォルガに毒を盛り、フォルガは生死を彷徨った。


 それでも何とか助かったが、彼はそれ以来食事を食べることが出来なくなってしまったのだ。




 何を食べても吐き出してしまい、がりがりになってしまうフォルガにせめて安らかな日々を与えたいと療養させた屋敷は我が領土のすぐそば。


 お隣なのだ。公爵家と伯爵家は。


 お隣でもわずかな環境の差で貧困の差が出てしまい、比較的育ちやすい大豆を腐った状態になっても食べていたのだが、まさかそれを散歩していた公爵子息が食べると思わなかった。


 食べ物が一切食べられなくなっていた子息は毒で生死を彷徨っている間に、前世の記憶とやらを思い出していた。前世に関係ある食べ物なら食べられるが、それ以外は一切口を付けられない。健康になってもそんな欠点のある状態では跡を継がせられない――もう公爵家のごたごたに巻き込みたくない――と私の婿にしてほしいと懇願され、フォルガの前世の記憶の食事の再現を頼まれた。


 干した小魚で出汁を取って作った汁物。大豆を使った味噌。豆腐。食べ方が分からず家畜の餌になっていた米。


 海も近かったので塩の作り方も試行錯誤した。幸い、公爵家からの支援もある。


 試行錯誤した料理を食べ、フォルガはどんどん健康的になった。毒で死に掛けていたと言っても信じられないだろう。


 それでも、いまだにフォルガは前世の記憶で食べた食事以外食べられない。幼い頃のトラウマで見るだけで気分が悪くなり、吐いてしまう。


 それを知っていたのに…………。


「ごめんね……迷惑を掛けて……」

 ゆっくりできるところで横になって休んでもらうと青白い顔で謝ってくる。

「いつもミーヤの恩情に甘えて……」

 生徒会の面々に説明するのもここまで連れてきた事実もフォルガにとって私の負担になっていると思っているのだろう。


「僕がもっとうまく立ち回れれば……」

 自分を責めているフォルガに失礼だが、

「それを言うのなら相談しなかった私も悪かったわよ」

 王女に絡まれていたのに。公爵家に頼れば何とかしてもらえたのに。


「もし、その話をして、王女殿下ならもっとフォルガのことを考えて料理を用意できると一瞬でも思ったらどうしようと不安で、言えなかった」

 たまたま前世の記憶に関係する食材を持っていただけ。でも、王女殿下なら国の事業としてもっと再現できたかも。


「……ミーヤ」

 そっと触れる手。


「僕はね。食事だけで君の傍が良いわけじゃない。僕のために試行錯誤して、僕の言葉を信じてくれた君がいいんだ」

 弱っていき、死んでもおかしくない状態。

 食べないと死ぬのは理解しているのに心が食べるのを拒む。


「君が救ってくれたんだ」

 それは些細なこと。でも、確かに救われた。


 前世の食べ物なら食べられると告げると、それを必死に再現しようとしてくれた。作り方もあやふやで、偏った知識しかないのに。


 公爵家の子息と言うのがデメリットにしかならないのに傍に居てくれている。


 必死にそんなことを告げてくる。まだしゃべるのも苦しいのに。


「捨てないで」

 縋る声。初めて会った時と同じような泣きそうな声。


「捨てないよ」

 誰もが欲しがるほど素敵な人物になったのにいまだ自分に自信を持てない可愛い人。


 私が育てた。


「一生そばに居るよ」

 私が不安になったからフォルガも不安になったんだと思うと罪悪感が生まれる。だからこそ、しっかり守っていこうと覚悟を決めたのだった。





 後日、王女殿下は諦めてくれた。

「身体の悪い人では王族の婿には不向きですから」

 お弁当を捨てたこととかを謝ってもらいたかったけど、謝られたら謝られたでこっちが身分を気にして困惑するからこれでいいだろう。


 まあ、フォルガの吐いたことを黙ってくれればいいかとそれだけはほっとしたのだった。

落としどころに正直迷った。

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前世が多分現代の日本人だったフォルガ様が、記憶があやふやながらも一生懸命説明したりしてるのが、下手に味噌などの作り方皆知ってます系の無双するよりリアリティあって、却って面白かったです。 説明を頼りに再…
「始めちょろちょろ。中ぱっぱ。赤子なくとも蓋取るな」 最初「赤子無くとも」と読んで「赤子泣いても」の間違いだと思ってたのですが ああ「赤子泣くとも」なんだとひとり納得しましたw あとフォルガ君に、…
弟くんがお兄様慕ってたらどえらいことになるんじゃね?本来なら王家の後見人(後ろ盾)になれる家が王家のイエスマンならぬノーマンになって次世代が苦労するのでは?しっかり罰与えないと治世に影響ありそうだぞ?…
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