表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

動物病院残酷物語〜短編〜ゴールデンのケンタロくん

作者: aizawa kei


 ゴールデンレトリバーのケンタロくんは、3歳になったばかりで元気いっぱいです。

 飼い主のおとうさんとおかあさんは昼間は働いているので、ケンタロくんはいつもひとりで留守番です。

 決して広くはないけれど、お気に入りのお庭で、風に揺らぐお花を見たり、お花の匂いに誘われてよってくる虫を追いかけたりして過ごしていました。

 時々、お庭に面した道を通る近所のおばさんに、こっそりおやつをもらうのも楽しみのひとつだったりします。

 でも、最近ケンタロくんは思います。

 「やっぱりひとりの長い時間を過ごすには、ここは刺激が少な過ぎるな」

 お庭の隅に転がっていたボールをくわえ、青く広がった空を見上げました。

 「今度のお休みの日は、公園に連れて行ってもらえるかなぁ...」

 おとうさんとおかあさんの仕事が休みの日には、車に乗って大きな公園に連れて行ってもらい、ボール投げをして遊びます。

 広い公園で走り回れるのは、ケンタロくんにとってとても楽しいことでした。

 ある時、おとうさんが投げたボールのコースが逸れて池に落ちてしまったことがありました。

 それでもケンタロくんはいつもの調子でボールに飛びつきました。

 おとうさんとおかあさんが慌てます。

 次の瞬間、ケンタロくんは池にダイブ! 大きな水しぶきが上がりました。

 ケンタロくんはそのままボールに向かって泳ぎ、ボールをくわえるとまた泳ぎ、岸に上がりました。

 ボールをくわえたまま体を大きく振り、水しぶきを飛ばすケンタロくん。

 おとうさんとおかあさんの心配をよそに、ケンタロくんは自慢げです。

 「泳ぐのってこんなに楽しいんだ!」

 それ以来、ケンタロくんは水を見ると、すぐに飛び込むようになりました。

 「また泳ぎたいなぁ...」

 そんなことを考えてるうちに、いつしかケンタロくんは庭の隅で眠ってしまいました。



 しばらくして、何やら気配を感じケンタロくんは目を覚ましました。

 目の前には、黒いマント姿のおじさんが立っています。

 黒マントのおじさんは、ケンタロくんと目が合ったのを確認すると話し始めました。

 「いつもケンタロくんのこと見てるけど、最近つまらなそうなこと多いよね」

 黒マントのおじさんは、にっこりと笑って話を続けます。

 「そこの川を渡ったところに、もっと広くてきれいなお花畑があるんだけど、行く?」

 おじさんの視線の先には、今までなかったはずなのに、お庭の横に大きな川がありました。

 それを見て、ケンタロくんの目が輝き出します。

 「行く!」

 ケンタロくんは起き上がったかと思うとあっという間に川に飛び込みました。

 黒マントのおじさんは、川を泳ぎ徐々に小さな姿になっていくケンタロくんを見ながら、一瞬ニヤリを笑ったように見えました。



 「うわぁ!すごい!!」

 川を渡り、岸に上がったケンタロくんの目の前には、きれいな花が一面に咲く今まで見たことのないようなお花畑がどこまでもどこまでも続いていました。

 花の周りには色鮮やかに羽を輝かせたチョウチョがゆらゆらと飛び回っています。

 そんな光景に居ても立ってもいられなくなったケンタロくんは、すぐさま走り出します。

 ケンタロくんに驚いたチョウチョが、一瞬高く飛び上がりましたが、すぐに降りて来て、今度はケンタロくんの周りにまとわりつき一緒に移動を始めます。

 うれしくなったケンタロくんは、そんなチョウチョをくわえようと、大きく口を開けて狙いをつけます。

 かぷ!

 捕まえた! ケンタロくんはそう確信しましたが、チョウチョは口の中にはおらず、何食わぬ顔でケンタロくんの顔の周りを飛んでいました。

 それでもめげずに、すかさず次に狙いを定めるケンタロくん。

 そんな光景は、まるでケンタロくんとチョウチョが仲良く遊んでるように見えました。

 

 どれくらいの時間を遊んだのでしょう。

 ケンタロくんはお腹が空いて来たことに気付きました。

 「そろそろ帰らなきゃ」

 こんな広いお花畑を思いっきり走り回ったのですから、帰り道が分からなくなっているかなと心配したのですが、やはりそこはワンコ。ちゃんともとの川辺にたどり着きました。

 ケンタロくんは、勢いよくジャンプして川に飛び込みます。

 そして向こう岸へと泳ぎ始めました。

 しばらく泳いで、もうすぐ岸に着くかなと思ったとき、急にケンタロくんの体が後ろに引っ張られました。そして気付くと、何故だか先ほど飛び込んだ岸にいたのです。

 「あれ?」

 ケンタロくんは不思議に思いましたが、きっと遊び疲れて寝ぼけちゃったんだ...と、再び川に飛び込みました。

 「おかあさん、もう帰ってるかな。早くごはんもらわなきゃ」

 ケンタロくんはそう言いながら一生懸命泳ぎました。

 でも、しばらくすると、またもとの岸に戻っていました。

 少し不安になってきました。

 ケンタロくんはまた飛び込みます。

 それでも、岸に戻ってしまいます。

 何度飛び込んでも、気が付くと岸にいるのです。

 「どーして、帰れないの?」

 とうとうケンタロくんは泣き出してしまいました。


 「どうした?ケンタロくん」

 急に後ろで声がしました。

 ケンタロくんが手で涙を拭いながら後ろを振り返ると、白いマントを羽織ったおじいさんが立っていました。

 「川を渡って遊びに来たんですけど、帰れないんです」

 ケンタロくんは白いマントのおじいさんにすがりました。

 すると、白いマントのおじいさんはちょっと困った顔をして言いました。

 「もう帰れないよ。そこは一方通行だから」

 「え?!」

 ケンタロくんは『もう帰れない』という言葉に愕然としました。

 体中の力が抜けていきます。また涙があふれてきました。

 そんなケンタロくんに白マントのおじいさんがやさしく声をかけました。

 「この丘をもう少し進むと、たくさんの友達がいるから行くといい。気も晴れるだろう」

 友達と聞いて、ケンタロくんが顔を上げました。

 「一緒に行ってあげよう。ついて来なさい」

 白マントのおじいさんは、ケンタロくんが立ち上がるのを確認すると川と反対の方向に歩き出しました。

 

 お花畑の緩やかな丘をしばらく歩くとやがて細い道が現れ、その先は緑色の木々が茂る森へと続いていました。

 森に入ると鳥のさえずりが聞こえてきます。

 その声を聞くと、ケンタロくんの不安やさみしさが徐々に薄れていくようでした。

 たくさんあった木が突然途絶え、大きな広場が現れました。そこには、やっぱりたくさんのお花がありました。

 その中で、大勢のワンちゃんやネコちゃんが楽しそうに走り回っています。

 よく見ると、ウサギさんや小鳥もいます。ちょこちょこ動き回っているのはハムスターでしょうか。

 みんなみんな、とても楽しそうです。

 「さあ、仲間に入って一緒に遊びなさい」

 白マントのおじいさんは、たくさんの動物たちが入り乱れて遊んでいる光景にちょっとびっくり顔のケンタロくんに声をかけました。

 「ねぇ、おじいさん。おとうさんとおかあさんはここにいないの?」

 ケンタロくんはずっと気になっていたことを尋ねました。

 すると、白マントのおじさんは少し考えたあと、はっきりとした口調で言いました。

 「ここにはいない」

 その言葉で、ケンタロくんの表情が曇ります。

 「しかしな、しばらくしたら絶対に迎えに来てくれる」

 「ほんと?」

 「間違いない。そしたら、また一緒に暮らせる」

 「どーして今じゃないの?」

 「おとうさんとおかあさんは、ケンタロくんの何倍もの時間を向こうで過ごさなくてはいけない。まだまだやらなきゃいけないことがある。それが終われば、必ず来てくれる」

 曇っていたケンタロくんの表情が晴れて来ました。

 「みんなと一緒に遊んでいれば、あっという間だ」

 白マントのおじいさんは、ケンタロくんにそう言うとやさしく笑いました。


 「おーい」

 お花畑で遊んでいたみんながケンタロくんに気が付いたようで、そろって笑顔で手招きしています。

 「さあ...」

 白マントのおじいさんは、ケンタロくんの肩をそっと押しました。

 「おじいさん、ありがと」

 ケンタロくんは白マントのおじいさんに笑ってみせました。

 そして...、

 「ボクも仲間に入れて!」

 大きな声でそう言うと、ケンタロくんはみんなのいる方へ力一杯走り出しました。


 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ