第5話 魔法の芳香水
俺とセリカは会話することなく外で待ち続けていた。
あれから多分だが十数分は経ったと思う。
そろそろ進展があってもいいのかも知れないがどうなのだろうか。
そうこうしていると後ろから開く音がした。きっと様子を見にきたのだろう。
俺とセリカは休憩時間を終えたかのように急に振り返った。するとそこにいたのはアルマだった。
アルマは嬉しそうな表情でこちらに駆けてきた。その後を付くようにアルマの父親が歩いてきていた。
醒めたようにアルマの父親は清々しい顔立ちでいたがこんな十数分で酔いがなくなるものなのか。
不審がっているとアルマが立ち止まりなにかを言いたげそうだった。
「ディアスお兄ちゃん! あのね! お父さんがね! 今すぐにでも馬車で北の方に連れて行ってもいいんだって!」
今すぐにでもは助かる。だがすぐに酔いがなくなるとは思えない。
「大丈夫なのか? 明日にしないか? そんなすぐに酔いがなくなるとは思えないんだが」
んん? よくよく見るとアルマの首に掛けていた小瓶が空になっている。これはどういうことなのか。
「魔法の芳香水だよ! へへ! お父さんがいつでも仕事に復帰してもいいように持ってたんだ!」
酔いをなくすそんな物があるとは知らなかったな。とにかくそういうことなら大丈夫でいいのかも知れない。
「お前さん達のお陰でもあるからな! 俺はいつでもいいぞと言いたいが本当に北の塔でいいのか?」
アルマの父親は意思を取り戻したようだな。やはり北の魔物に警戒しているな。
「命懸けのあんたなのは分かる。でもそれでも俺を信じてほしい、全力で守り抜くと」
こんな胡散臭い場面になってしまうのはもう仕方がない。俺が全力を出すのはもちろんのことだが信じるに値するかは相手次第だ。
「あたしも絶対に守るから! 北の魔物なんか懲らしめてやるんだから!」
この世に絶対はない。でもそれでも俺とセリカを信じてやってほしい。終わる前に諦めていては本気なんて伝わらないだろうに。
「セリカちゃんも行くのか!? おい! あんたのことが信用出来なくなっちまっ――」
アルマが重圧を与えるような眼差しで場を睨んでいた。ここまできて恩人に痣で返せないと気を遣ってくれたらしい。複雑な心境だがもうここしかない。
「あ、あたしは大丈夫だよ! 後方支援しながらだし! いざってなったら逃げるからさ!」
後方支援か。その方がいい。最後の言葉は俺が消し去る未来にしてやる、ただ絶対に守るのに逃げるのは相反していると思うのだが。
「いやいや待て待て! セリカちゃんは言っていることが矛盾しているからな! まず第一に――」
親の心、子知らずか。これはその逆もありそうだな。アルマの視線が重圧を与えている。
「はぁ、分かったよ。ただし行ける範囲は北の関所までだ。そこから先はお前さん達でどうにかしてくれ。やはり折り合いは大事にしないとな、ここは」
その配慮でも十分だ。でも危険がアルマの父親に行かないのであれば関所で待っていてくれるように催促してみるか。
「出来ればでいい。北の関所で待っていてはくれないか」
この頼みが通ればアルマの父親と馬車から危険を遠ざける必要がある。ここは絶対に近寄らせてはダメだ。行けるところまで行くが出来れば御の字だろうからこれ以上に迷惑は掛けられない。
「分かった。ただし何度でも言うが危険と判断した場合はここに帰るからな。そこだけは分かってくれ。頼む」
助かるな、北の魔物が憎いだろうに。俺が命を懸けなければ全ては守れない。セリカは様子見での参戦でいいとさえ思えた。この闘いは俺が決着させる。
「ディアスお兄ちゃん! 負けないで! 私も陰で支えてるから!」
アルマ。
「んじゃ行くか! 目指すは北の関所だな! ハハ! 馬もお前さん達を歓迎しているな! なぁ? パトリシア!」
馬のパトリシアが前脚を蹴り上げた。そのあとに強烈な雄叫びが耳の中で弾け飛んだ。パトリシアは切りがいいところを選んだのか。だがお陰で士気が上がった。今から向かうところは北の関所だ。
これからどんな困難が待っていようとも俺は負けない。こんなところで仲間違いを起こしているなんてありえないことだ。
それに俺にはなんとしてでも叶えたいことがある。力ない者になり下がるくらいなら俺は食い下がってでも冒険者になることを選んだ。
俺に悔いはないと思いつつアルマの父親に言われるがまま馬車に乗り込みセリカと共に北の関所を目指すことにした。
果たして俺達の運命はどこまで続くのだろうか。