第4話 理想の父親像
俺、セリカ、アルマの順で父親がいる部屋に駆け込んだ。
そこは家族としての生活感はなく荒れ果てた大地を見ているようだ。むしろ荒野の主よりも酷い有り様だと言わざるを得ない。
肝心のアルマの父親だろうか、一人の男性が窓から外の景色を見ていたが。
「おう? アルマか? 早かったな! 酒は――」
一人の男性が振り向きざまに言ってきた。やはりこの男性がアルマの父親なのか。
「おおん?」
どうやら本当に酒浸りのようだ。今の状況が掴めていないらしい。
「お父さんに――」
意を決し紹介してくれようとしてくれたのか。でも今は間違っていると判断し右手を持ち上げ制止させた。出しゃばりと言われるかも知れないがここではアルマを温存しとくべきだろう。
「誰だ? お前は」
これは目付きや言葉の端に棘があるな。一筋縄ではいかない。俺は右手を戻しすぐさまに答えた。ここで近付かずまずは自己紹介からだ。落ち着け。
「俺はセリカの案内できました。名はディアスと言います」
もしセリカが本当ならこれで警戒心が薄れるはずだ。既に認知の仲ならそこまで嫌な気持ちにはならないはずだ。これは賭けだ。
「おう? セリカちゃんの連れか? ……でなんの用だ?」
まずまずの反応だ、これは。いいから頭を掻きながら返事を手短に早く――
「いや~実は北の塔まで御者に頼みたく」
理由はこんなもんだろう。ただここから辛辣は織り込み済みだ。どう出る?
「すまねぇな。御者は今日で引退だ。他を当たってくれないか」
そうきたか。意外に話の分かる人で助かるな。でもまだだ。ここで――
「お、お父さん! 正気なの? お母さんと一緒に始めたお仕事でしょう? どうして! そんな引退だなんて!」
我慢が切れたか。逆手に取りたいが俺に出来るのだろうか。今は静観するべきか。
「うるさい! 黙れ! 子供が大人の話に突っ込むな! 俺のせいなんだ、なにもかも。頼むから引退させてくれ」
やはりここはまだ静観するときか。下手に踏み込む間隔じゃない。
「そんなのお父さんじゃない! お母さんの最期の言葉を忘れないでよ! 私を独りにしないでよ! お願いだから!」
どっちの意味でも一緒ならアルマの母親はもういないのか。
「やめてくれぇ、俺のせいで俺が御者の仕事を選んだばかりにエルザは。エルザは……亡くなった」
まずいな。そんなことがあったのか。でもここはまだ静観しないといけない。耐えるんだ。
「北の魔物さえ出なければ、エルザは、今も生きていたんだ。もう御者はやりたくない。やりたくない」
そうか。どうやら因縁があるらしい。俺はなんとしてでも北の魔物を倒さなければいけない。さすがにそろそろ介入した方がいいだろう、大人として。ん?
「嫌だよ! 私は諦めない! あんなにカッコいい理想の父親像なんて他にないから!」
アルマ。
「私のお父さんはたった一人しかいないの! どんなお父さんでも背中で語る姿は私の自慢だよ! いつだって私はお父さんの味方だから! お願い! 私を見捨てないでよ! お父さん!」
届いてくれよ。ここまで愛されてんだよ、あんたは。もう俺の出番なんてない方がいいだろうに。
「引退を……撤回したい。俺はまだ働けるのか、だれの為に」
これはいい判断だ。あと一押しだ。もう介入してもよさそうだ。
「家族のためにだよ。あんたはどこの誰よりも愛娘を選んだんだ。もう大丈夫だろう」
人を正すにはまず身内からってな。
「家族のために、か。俺の愛娘はアルマたった一人だけだ。もう酒は嫌だ。変わりたい」
そこまで分かっているならどうか無事に変わってくれ、アルマと共に。
「もういいぞ。行ってやれ、アルマ、お父さんの元に」
これでいい。なんだか俺らしくないが後は本人たちに任せよう。今はここから離れた方がよさそうだ。
「外で待っていよう、セリカ」
「うん。ありがとうね、ディアス」
「ああ」
こんないい場面に遭遇しただけでも俺は幸せ者だ。きっとアルマの父親は無事に立ち直ってくれると信じている。どうかお幸せに。
「お父さん!」
「アルマ!」
これが家族愛か。こんなにも愛おしくなるものなのか。俺とセリカが出会ったのはなにかの運命ではなく因縁なのかも知れない。
とにかく今はしばらく外で待っていよう、それまでにアルマの父親が醒めているといいのだが。
こうして出会うことの意味を俺たちは理解していくのだろう。たった一人では成し得ないことも仲間がいれば苦難も切り抜けられることを俺は初めて知った。