閑話 必要なのは
シャーロットの店は営業中であり、彼女はお茶会の途中で帰ることになった。
参加者の誰もが『客もいないのだからもう少し一緒に……』と思ったのだが、それを言わない優しさは全員が有していた。
シャーロットはアルバートが送っていくことになった。若い男女が二人きりで……と心配する必要はないのがあの二人の悲しいところか。
「……手ぬるいこと」
心底呆れた果てた声でヴァイオレットがため息をつく。非難の目を向けているのは王太子であるはずのクルードだ。
対するクルードも慣れているのか平然としている。
「まぁ、そう言わないで欲しい。アルバートは恋のライバルだが、友でもあるんだ。行きは私。帰りはアルバート。それで機会が均等になるというものさ」
「さらに言えば王宮でシャーロットをアルバートがエスコートすることで仲の良さを演出。婚約破棄に関する噂のうち、不仲説を否定させようと?」
「……いや、そこまで分かっているのなら……」
「手ぬるいとは、そのことではありませんわ。――あの女のことです」
「アリス嬢か」
「処刑についてはもうどうでもいいですわ。面白くなかったですし、元々無理がありましたから。問題は、なぜわざわざシャーロットにあの女の面倒を見させようと?」
「あれはシャーロットがいつもの勘違いをして――」
「懇々と説明して、諦めさせることも可能でしたでしょう?」
「…………」
容赦なく追い詰めてきたヴァイオレットに対して、クルードは少しだけ悲しそうな顔をする。
「シャーロットに必要なのは報復ではなく、治療だと私は考える」
「へぇ? どういう意味なのかしら?」
「……そもそも、シャーロットは優しすぎる。彼女の実力であれば父親や義母を排除し、伯爵家を支配することも可能だっただろうに。それすらしなかったのだからね」
「……そうね。わたくしや殿下と比べれば、同じ人間とは信じられないほど優しい子よね」
「私への評価は置いておくとして、だ。虐待をしていた両親の死刑を伝えても、シャーロットは喜ぶどころか悲しそうな顔をした。そのうえ義妹までもが罰せられれば、心に深い傷を負うことになるだろう」
「心優しいシャーロットにとっては、これ以上の報復はむしろ精神的な負荷にしかならないと。治療というのは?」
「……今のアリス嬢であれば、シャーロットをひたすらに尊敬し、褒め称えるだろう。シャーロットは能力に対して自信がなさすぎる。アリス嬢と一緒に過ごすことによって、その過剰な自虐も少しはマシになっていくだろう」
「情けない」
「……どういうことかな?」
「これがアルバートであればシャーロットの治療のためなどと嘯かず、ありのままのシャーロットを受け入れたでしょう。今のあなたはシャーロットを都合のいいよう変えようとしているだけ。それも『治療』などと恩着せがましくね」
「…………」
「もっとハッキリ言いましょうか? あなたは虐待を受けていたシャーロットに同情していて、だからこそシャーロットの無礼も許している。けれども結婚し、対等な関係になるためには『同情』という感情は邪魔になる。だからこそあなたはシャーロットに同情しなくてもいいよう、治療して性格を矯正しようとしている。――情けない。男ならば、ありのままの思い人を受け入れてみせなさい」
「…………。……なるほど。中々の推理だ。ヴァイオレット嬢が人の心を読めるなんて知らなかったよ」
「白々しい」
「なんと言われようとも、この決定は変えないよ。――シャーロット本人が望んだことだからね」
「……どういうことかしら?」
「先ほどの勘違い。あれはわざとだ。私の発言を曲解し、自分がアリスの身元引受人になるよう仕組んだんだ」
「シャーロットの勘違いは演技であると?」
「いや、普段は心の底から勘違いしているよ。自虐と言った方が正確か。しかし先ほどのは普段に比べて不自然で、無理やりだった。そうは思わなかったかな?」
「思いませんわ。あなたの勘違いの可能性もありますし」
「これは手厳しいな」
やれやれと肩をすくめるクルードを見て、これ以上何を言っても無駄だなと諦めたヴァイオレットは小さく鼻を鳴らした。




