開錠した世界
一歩。
踏み出すとそこは別世界だった。
一面に広がるお花畑。なにやら心を落ち着かせる香りが鼻腔をくすぐってくる。
咲いているのは主に前世の世界で手に入れることができた花々。
ここは私にとって異世界だけど、バラを初めとして前世と同じ花も数多い。けれど、空気中に魔素があるおかげか、あるいは地球とは生育環境が違うのか、見たこともない花も多いのだ。
「さ~てまずは挨拶しておきましょうか」
私がキョロキョロと周囲を見渡していると、
『――シャーロット。久しいな』
背後から声を掛けられた。この『世界』の中なら好きな場所に移動できるというのだから、わざわざ人の後ろを取らなくてもいいでしょうに……。
ちょっと呆れながらも後ろを向くと、そこにいたのは見慣れた若い男性だった。いや実年齢が何歳かは知らないけど、見た目は二十歳前後に見える。
アルバート様に負けず劣らずのイケメンさん――と評価するとなぜか不機嫌になるので、ここは並ぶものがいない美男であるということにして。
流れるような銀糸の髪。
横に長く伸びた耳。
まるで白磁器のような白い肌。
彫刻のような。絵画のような。そんな表現がぴたりと嵌まる、なんとも美しいエルフの男性だった。
銀色の髪は他を圧倒する魔力量の証である。と自画自賛して。
ここまで長い耳はハイエルフにしか許されない。と自画自賛して。
この白い肌は労働をする必要がない特権階級の証だ。と自画自賛して。
とにかく自慢。隙あらば自慢。隙がなくても自慢をしまくる、自尊心の塊のような男性。それがこのリュヒト様だった。
『また妙なことを考えていないか?』
「いえ別に?」
変なことは考えていない。リュヒト様が自慢しまくりの、身体が自尊心でできている男だというのは事実だし。
『……まったく、弁えない女だ』
リュヒト様が私のビン底眼鏡を外した。伊達眼鏡なので取られても視界に不都合はないけれど、認識阻害の術式が書き込まれているので少し困ってしまう。……あぁいや、ここにはリュヒト様しかいないから他人の目を気にしなくてもいいのか。
『我の元を訪れるならこの珍妙な眼鏡は外せと言っただろう?』
珍妙って。顔の認識を阻害して目立たなくしてくれる眼鏡って凄い希少品なんだけどね。
しかし、そうだった。
リュヒト様は裸眼派。眼鏡の存在は絶対に許さない、眼鏡っ娘の眼鏡は必ず外させるマンなのだった。恥ずかしげもなく『眼鏡は外した方が可愛いよ』とか言っちゃう系。人の性的趣向を否定する気はないので、これからは気をつけないと。
『……やはり妙なことを考えてはいないか?』
「いえ別に?」
リュヒト様が『眼鏡っ娘が眼鏡を外すと萌えるよね』派なのは事実だし。別に変なことは考えていない。ちょっと引いているだけで。
『嘘をついている気配はないが……』
訝しげな目で私を凝視するリュヒト様だった。なんというか、これほどのイケメンが顔を近づけてくるのは目の保養よね。
『……まぁよい。許せぬのはこの髪だ』
リュヒト様が私の髪を無造作に一房すくい取り、三つ編みを止めていた髪紐を外した。
途端、認識阻害の術式が解け、私本来の髪色が露わになる。
くすんだ茶色から、輝くような銀色の髪へ。
いや自分で自分の髪を『輝くような』と表現するのは自慢しすぎだろリュヒト様かよって感じなのだけど、こればかりは自信を持って断言しよう。だってお母様がそう言って褒めてくれたのだから。
銀髪は人を超えた総魔力量の証。
ゆえにこそ、くだらない嫉妬に巻き込まれるかもしれないし、高位貴族に目を付けられて利用されるかもしれない。それを恐れたお母様が、私が生まれてすぐにこの髪紐を与えてくれたらしいのだ。
『しかし、この我をずいぶんと放置してくれたものだな?』
不満そうな顔をするリュヒト様だった。この人友達少なそうだし、話し相手がいなくて暇していたんでしょうね。
『無礼なことを考えていないか?』
「いえ別に?」
自分は高貴だから話し相手を探すのも大変なのだーむしろ探す必要もないかーって感じのことを言っていたのはリュヒト様だし。気高さ故の孤独を尊重しているのだから無礼も何もないでしょう。
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