あとしまつ・3
地下牢は酷いものだった。
いや、平民用の牢獄と比べればマシなんだろうけど……。充満するカビ臭いニオイ、敷かれた絨毯はホコリまみれ。湿度は高く、お風呂もなし。一応トイレは見えないようになっているけれど、それだって衝立が置いてあるだけ。密閉はされていないので排泄音は看守に聞こえてしまうはずだ。
なるほど。豪勢な生活を送ってきた貴族令嬢ならストレスで髪が真っ白になることもあるかもしれない。
これはアリスも憔悴してしまっているかも。
……もしもアリスから『助けてください!』とお願いされたらどうしよう? 『ここから出してください!』と許しを請われたらどうしよう? 私には何の権限もないけれど、それでも殿下に罪の軽減を申し入れてしまうだろうか?
「シャーロットは甘すぎる」
心を読んだらしい殿下が苦言を呈してくる。
続いて、ため息。
「だが、どうしようもなくキミらしくもある」
私らしくとは、どういうことだろう?
言いようのない気分になりながらいくつかの独房を通り過ぎ……とうとうアリスのいる独房に到着した。
「――っ! お姉様!」
殿下と私に気づいたアリスが独房と通路を仕切る鉄格子に近づいてきた。泣き言を言うだろうか? 助けを求めるだろうか? その時はどんな反応をすればいいのだろうかと私が考えていると――
「あの邪魔な眼鏡とリボンを外されたのですね! やはり美しいですわ!」
「……え?」
アリスって、私の素顔を知っているんだっけ? ……いや、知っているのか。今この場で、私のことを『お姉様』と呼んだのだから。
なにせ今の私は顔の認識をゆがめる眼鏡と髪色を変える髪紐を外している。私の素顔を知らない人間からすれば『初めて見る銀髪の人間』となるはずなのだから。
驚きと共にアリスの様子を確認する。
……なんだか顔色がいい気がする。
「げ、元気そうね?」
「はい! この地下牢は最高ですわ! 伯爵家に引き取られる前の家より豪華で! ご飯もちゃんと出てきます! お父様とお母様がケンカをしないから毎日ぐっすりと眠れますし! お化粧をしなくても目元のクマが隠せますの!」
「…………」
そういえば。
当然のことなのだけど。牢獄にいるアリスは普段うっすらと施していた化粧をしていなかった。あれはアリスの可愛らしさをさらに引き立てる効果があったのだけど……まさか、寝不足によるクマを誤魔化すためでもあったとか?
毎日ぐっすり眠れるとアリスは言う。
それはつまり、伯爵邸では眠れていなかったということ。
五年前を思い出す。私が貴族の義務である貴族学園に進学し、伯爵邸を離れる前。父親と義母は毎日のように夫婦喧嘩をしていた。別邸に押し込まれていた私にすら聞こえたのだから、同じ屋敷にいたアリスにはもっと被害が出ていたはずだ。
ずっと、ずっと耐えていたのか。あの伯爵邸の中で、家族が憎しみあい、罵りあうのを……。
「……私は少し外していよう」
殿下が今来た道を戻っていく。もちろんいくら離れたところで地下にいる限り話し声は聞こえるはずだけど……目の前に殿下がいるよりは会話がしやすくなる。その心遣いに感謝しつつ、私は一端深呼吸した。
アルバート様は、腹を割って話し合うべきだと思ったらしい。あの人がそう言うのだから、私たちは話し合うべきなのでしょう。
とはいえ、何から話すべきなのか……。
「……アリスは、私のことが嫌いなの?」
と、そんなバカみたいな質問をしてしまって。
「まさか! 大好きですわ!」
即答するアリスだった。




