あとしまつ・2
王宮への馬車に揺られながら、殿下が『あのあと』のことを説明してくださった。
「――ライナ伯爵については王宮への提出書類に悪意ある偽装があったことと、長年の脱税が発覚。さらには領民から王宮へ、圧政に対する嘆願書が提出されたことによって処刑が決定。伯爵位は一時的に王宮が預かることになった」
「は、はぁ……」
ライナ伯爵。つまりは私の父親だ。
中位貴族、しかも現役の爵位持ちを処刑するなんて滅多にないことなんだけど……どうやらかなりの罪を重ねていたらしい。まぁ王宮に治めるべき税を誤魔化すだけでも『王家に対して叛意あり』と見なされるものね。しょうがないか。
「伯爵夫人については、脱税に対する共犯と、伯爵家の資産の横領が認められた。さらには伯爵令嬢二人に貴族として相応しい教育を受けさせなかったことと、借金回収にやって来た者を殺害するよう指示した容疑も掛かっている。こちらはまだ殺人事件の調査が終わっていないが、終わり次第処刑となるだろう」
伯爵夫人。つまりは私の義母となる。
処刑。
処刑。
伯爵家の地位も没収。つまりはお取り潰し。
ざまぁないな、と思ってしまった私は冷たい人間だろうか? 父親は本物の親で、義母にしても戸籍上は親であるのに……。
「……子供を産んだから親になるわけではない。戸籍が同じになったから親になれるものでもない。やるべきことをするからこそ人は『親』となるんだ」
「殿下……?」
「あの二人は、シャーロットの親としての責任を果たさなかった。それどころか伯爵はシャーロットに満足な食事すら与えず、教育も受けさせず、夫人については暴力まで振るっていた。そんな人間に同情できないのは当然なのだから、気にする必要はないさ。そもそも処刑されるに足る悪事を積み重ねてきたのだからね。自業自得だよ」
「…………。……それもそうですね」
「それと、アリス嬢についてだが」
アリス嬢。
殿下はアリスのことを呼び捨てにしていなかったっけ?
「アリス嬢に関しては私も反省しなければと思っている。言い寄ってくる彼女のことを、どうせ凡百の令嬢と同じだろうと見切りを付け、心を読むことを怠った。もし早くから心を読んでいれば、もう少し対応のしようがあったかもしれないのに」
……うん?
今、殿下は『心を読む』とか言いませんでした? しかも二回くらい。
「あぁ、言ったよ」
頷く殿下。私は何も口に出していないはずなのに。
そんな、まさか。
心が読めるだなんて。
――なんてありきたりな。
「え?」
いやだって、読心術って、前世の物語では定番の超能力だったじゃない。え? それでいいの? 王太子殿下でしょう? そんなありきたりな力じゃなくて、もっとこう時間を巻き戻すとか隕石を落とすとか世界を塗り替えるとかの超能力じゃなくていいの!?
「……あははははっ! そうくるか! いや、予想外だよシャーロット! あはははは!」
なぜか大爆笑する殿下だった。やっぱりこの人の笑いのツボは分からないわ……。
◇
王宮に到着し、絢爛豪華な建物の中を歩きながら殿下が説明を続けてくださった。
「アリス嬢への対応についてはこちらとしても悩みどころだった。あの歳で脱税に関与しているはずがないし、資産の横領についても母親から与えられたものなのだから罪に問うのも可哀想だ」
カツッ、と革靴を鳴らしながら殿下が立ち止まり、こちらを振り向いた。
「だが、伯爵家の者としての連座や、王族や高位貴族に対する数々の不敬、一度だけとはいえ伯爵令嬢に対する暴力行為、アルバート・レイガルド公爵が後ろ盾になっている店舗への破壊行為などの罪を積み上げていけば、死罪を申しつけることも可能だ。……一部の貴族からは処刑するべきという強い請願があることだしね」
伯爵令嬢に対する暴力とは、私に対するものだろうか?
それに、アルバート様が後ろ盾になっている店舗とは、私の花屋のことであるはずだ。
「――――」
そんなに重い罪にはならないと思っていた。地下牢でしばらく反省させるのもいいくらいに考えていた。
でも、すでに伯爵家は取りつぶしが決まっていて。アリスの身元を保証するものは何も無くなってしまう。
元伯爵令嬢の平民なんて、簡単に処刑されてしまうはずだ。それこそ、民衆に対する憂さ晴らしのパフォーマンスとして利用される可能性もある。『民の血税で私腹を肥やしていた貴族一家を大広場で処刑!』なんて大人気の娯楽になるだろうし。
アリスの処刑。
その可能性が現実味を帯びたとき。私はいったいどんな顔をしただろうか?
何かを見極めるかのような目で殿下が私の表情を観察する。
「……シャーロットの気持ちは十分に分かった」
私の気持ち。
私の気持ちとは、何ですか? 殿下にはどのように見えたのですか?
問いかける前に殿下は歩みを再開した。騎士が守る扉を抜け、階段を降り、ジメジメとした地下へ。
「私はこう考える。あの子に必要なのは厳罰ではなく、教育ではないかとね」
殿下の声が地下に響き渡る。
石積みの殺風景な空間。
もしやこれが地下牢へと続く階段なのだろうか?
貴族用の地下牢。
犯罪を犯した者を入れておくためのものとはいえ、そこは貴族用なので相応の設備があるらしい。
けれど、地下牢に入れられた貴族令嬢が一晩で白髪になったという噂もあるので、やはり恐ろしい場所なのかもしれない。
「そうそう、『元』伯爵夫婦はここにはいないから安心してほしい。彼らには貴族としての資格すらないからね」
つまり、一般向けの牢獄に入れられているのだろう。容赦のないことだ。
「そうだ。アルバートから伝言を預かっているのだった」
「……なんでしょう?」
「キミたち姉妹は、一度腹を割って話し合うべき。だそうだ」
「…………」
話し合う。
そういえば。
私は、アリスと『話し合い』をしたことがあっただろうか?




