あとしまつ・1
なんかよく分からないけど、私は魔力を暴走させてしまったらしい。意識を取り戻すなり、滅茶苦茶に破壊された店内で、カラック様から懇々とお説教をされてしまった。
魔力暴走の原因はアリスとかリュヒト様だと思うのに。お店を壊したのは私の魔力風じゃなくてアリスとゴロツキなのに……。
…………。
……いや、もしかしたら私の破壊の方が規模が大きかったかもしれないけどね♪
ちなみに店舗についてはクロちゃんが魔法で直してくれた。以前『すぱーん』と切れてしまった作業台を元通りにしたみたいに。
カラック様はむしろクロちゃんに興味を抱いたようで、猫vs人間の追いかけっこをしながらどこかに行ってしまったので私へのお説教も中断された。そういう意味でもグッジョブよクロちゃん。
アリスとゴロツキたちは破壊行為の咎で逮捕され、牢屋に入れられてしまったのだとか。もちろん、アリスは王城の地下にある貴族用の牢屋らしいけど。
お店はクロちゃんのおかげで元に戻ったのだし、お店の破壊行為の罪で罰を受けさせるのはどうなのかなーっとは思ったけど、まぁ、アリスも反省するいい機会なんじゃないかしら? 伯爵令嬢なんだからそんな重い罪にはならないでしょうし。
とにかく。
こうして一応の解決をしたので、私はまたお花屋さんとしての日常に戻ったのだった。
戻った、はずだったのだけど……。
◇
「――というわけで、王宮へとご招待しよう」
いきなり現れてそんなことを宣ったのはクルード王太子殿下。相も変わらず冗談が下手な御方である。
「……相変わらず、冗談が下手……?」
なぜだか精神的ショックを受けているっぽい。相も変わらず打たれ弱い御方である。
「ぐっ、と、とにかく。今から一緒に王宮へ来て欲しいんだ」
「……なるほど、理解しました」
「ほんとに理解してる?」
「えぇ。つまりは妹が犯した罪で私も連座(連帯責任)。王宮の地下にあるという地下牢に叩き込まれてしまうんですね?」
「う~んやはり理解していなかった」
「理解していない、つまりは違うとなると……あぁ、貴族の処刑は王宮で行う場合もあったそうですし、それですか?」
「それではないですね」
なぜか敬語の殿下だった。
「誰かに謁見するわけではないが、一応王宮に入るのだからね。ちゃんとしたドレスはこちらで用意させてもらったよ。何着か持ってきたし、サイズ調整ができるものばかりだから何とかなるだろう」
殿下が両手を叩くと、店の外に停めてあった荷馬車から数人のメイドさんが降りてきた。ドレスが入っているっぽい箱を手にしている。
あれ? もしかして、これからドレスに着替えて王宮に行くの……? 平民になった私が? 貴族令嬢時代もほとんど行ったことがないのに? 前世的に言えば仕事中に皇居とかバッキンガム宮殿に連れて行かれるようなものですよ?
「大丈夫だよ、私が付いているんだからね」
にっこりと笑った殿下は悪魔にしか見えなかった。
◇
素顔の私は銀髪で、それなりの顔をしているらしい。
ただし銀髪は悪目立ちするのを恐れたお母様によって魔導具の髪紐が与えられ、くすんだ茶髪になっている。
顔についてはお母様に似ている顔を父親が疎んでいたので、これまた魔導具の眼鏡によってモブ顔に見えるようにしていた。だからたぶん義母もアリスも私の真の姿は知らないはずだ。
で。
今の私は眼鏡を取った素顔に、銀髪という姿で馬車に押し込まれていた。もちろん服装は殿下が持ってきたドレスである。めっちゃキラキラしているし肌触りもいい。これ、お高いヤツなのでは……?
「女性にドレスを送るのは男の使命だからね。値段については気にしなくてもいいよ」
と、いかにも女性にドレスを送り慣れていそうな発言をする殿下だった。
「……私がドレスを送ったのは、シャーロットだけだよ?」
「え? それって……」
真っ直ぐに私を見つめてくる殿下。どうやら嘘ではないっぽい。学生時代からあれだけの貴族令嬢を口説いてきた殿下が、ドレスを送ったのは私だけ?
「つまり、私が特別な存在であると?」
「うん、そうなるね」
「まさか、あまりのみすぼらしさに同情され、ドレスを送ってくださるとは……」
「う~ん、違うかな?」
懇々と。私がいかに特別で、どれだけの思いを込めてドレスを送ったのか説明してくださる殿下だった。私が気にしないようここまで心を砕いてくださるとは、これが未来の国王陛下(予定)の器か……。
っと、それはともかく。せっかくメイドさんにお化粧をしてもらって、髪も櫛で梳いてもらったところ恐縮なのですが、そろそろ眼鏡と髪紐を返していただいてよろしいですか?
「ダメだね」
「なんでです?」
「とりあえず、王宮に行く間はその格好でいてもらおうかな? もちろん花屋をするときは今まで通り変装してもらってもいいんだけど」
「どういうことですか?」
銀髪は高位貴族などから利用されることを防ぐため。眼鏡は父親や義母から身を守るため。どちらも必須の装備なのだけど……。
「まずは『銀髪』について説明しようか。……あのとき、魔力の暴走は押さえ込んだが、現場にいた騎士や周辺住民には広く知られることになったし、シャーロットの銀髪姿も多くの人に目撃されてしまった」
「あー」
そういえば、あのとき意識を取り戻したら眼鏡も髪紐も外れていたっけ。どうやらリュヒト様が外してしまったみたい。まぁあの人は裸眼フェチだからしょうがないわよね。
「そこでだ。もはやシャーロットの『銀髪』は隠し通せないと判断したので、騎士団や王宮には『銀髪持ちが暴漢に襲われ、自分の身を守るために魔力を暴走させてしまった』という説明をしておいたんだ。幸いにして王宮や魔導師団ではあの膨大な魔力は観測されなかったし、証言だけではどれだけ膨大な魔力だったかは分からないからね。そういうことにしておくのが一番シャーロットにとってマシだと思うんだ」
「あ、はぁ、なにやら色々と心を砕いていただいたようで?」
なんか私がのんびりお花屋ライフを続けている間にも色々と動いてくださっていたみたい。有難くもあり、申し訳なくもあり。殿下への好感度が三つくらい上がった私だった。
「……参考までに。現在の好感度を聞いてしまってもいいかな?」
あはははは。まさかそんな恐れ多い。あはははははは。




