怒れ、怒れ
ゴロツキのウォーハンマーがショーウィンドウを叩き割り、ガラス片が周囲に飛び散った。
割れた窓から下卑た笑みを浮かべた男たちが押し入ってくる。
どうする?
攻撃魔法で制圧するのは……危険すぎる。暴漢だけなら容赦なくやっちゃうけど、あのままでは拘束されたサラさんを巻き込んでしまう。
炎系の魔法ではサラさんの服に燃え移ってしまうかもしれないし、水系はサラさんごと押し流してしまう。雷系も感電してしまうし……。あぁ、魔物と戦うために破壊力重視で大味な技ばかり鍛えていたからこういうときの手段がない。
店舗を受領したときの説明が確かなら、ショーウィンドウが割られたのだからすぐに騎士団が駆けつけるはず。それまでは何とか時間を稼がないと……。
「あら、いい顔をしますのね?」
「……アリス、なんのつもり?」
なぜか瞳を潤わせ、恍惚とした表情を浮かべるアリスに向けて私は必死に感情を抑えつけながら問いかけた。本来なら怒声を叩きつけ、殴り飛ばしてやりたい。でもサラさんが人質になっている以上それもできないのだ。
「……またつまらない顔になってしまいましたわね? 先ほどの表情は素敵でしたのに」
「アリス」
「あぁ、怖い声! 素敵ですわ! お姉様! わたくし考えたのです! このお店が無くなれば、お姉様も家に帰ってきてくださると!」
「……はぁ?」
本気で理解ができなかった。
店がなくなれば、伯爵家に戻る?
バカな、そんなはずがない。あの伯爵家に戻るくらいなら修道院に入るか本格的に冒険者として生きていく道を選ぶだけだ。なぜわざわざ地獄に戻らなければならないのか?
本気で理解できない。
同じ人間であるはずなのに。同じ言葉を使っているはずなのに。半分同じ血が流れているはずなのに。まるで理解できない。
怒りと、困惑と、恐怖。それらの感情がない交ぜになった私を嘲笑うかのようにゴロツキ共が店の破壊行為を始めた。
アリスいわく、この店が無くなれば私は伯爵家に戻るのだという。そのためにこの店を物理的に無くしてしまおうとしているのか。
ショーケースのガラスが叩き割られる。
アルバート様が準備してくださった店が壊される。
テーブルセットはひっくり返され、足を折られた。
マリーが持ってきてくれて、みんなと一緒にお茶を楽しんだものだ。
床に落ちた羊皮紙をアリスがピンヒールで踏みつける。
ヴァイオレットが私のために一筆書いてくれた羊皮紙だ。
作業台が薙ぎ払われ、額縁が床に落ち、銅貨が転がった。
クルード殿下が支払ってくださった銅貨。お花屋さんとしての初めての収入。
それを、ごろつきの一人が拾い上げ、ポケットの中に入れた。
「……やめて」
どうしてこんな酷いことをするの? 私が何をしたの? 夢だったお花屋さんを始めただけじゃない。みんな応援してもらった、大切なお花屋さんなのに。どうして壊そうとするの?
私のお店を。
みんなの応援を。
壊そうとするならば。
私だって、壊しちゃってもいいよね?
『――見事なものだ』
背後から声が聞こえる。
リュヒト様の声だ。
あの世界にいるはずのリュヒト様が、私の後ろに立った気配がする。
『自らを虐げられても耐えてみせたお前が、仲間からの想いを踏みにじられればそうまで怒るか。見事なものだ。なんという高潔な精神か。そんなお前こそ――我らが『神』に相応しい』
リュヒト様が私の左手を取り、薬指に唇を落とした。結婚指輪を嵌める場所に。
途端、意識がぐらんと揺さぶられた。
『怒るがいい、我らが王よ。殺すがいい、我らが神よ。お前にはその権利がある。誰に遠慮する必要があろうか。怒れ、怒れ、その怒りはお前の『力』となる』
リュヒト様の独演を最後にして。
私の意識は、ぷつりと途絶えた。




