事件・2
そもそも、なんで馬車じゃなくて歩きなの? 殿下たちみたいに近くの駐車場に馬車を停めておくにしても、乗り降りの時は店の前で馬車を停車させればいいだけだ。乗降する程度の時間ならそんなに邪魔にはならないのだから。
外というかアリスを見つめていた私をサラさんが訝しんだらしい。視線を外へ向け、アリスの存在に気づいた。
「……なんだか貴族っぽい女の子だけど、シャーロットの知り合い?」
「えーっと、一応妹ですね」
「……あまり似てないのね」
そりゃあアリスはクリクリとした小動物系美少女だし、私とは違って可愛らしいですものね。うーん、自分で言っていて悲しくなってきたぞー?
おっと、今はそんなことを気にしている場合ではない。またケンカを売りに来たのならサラさんを避難させないと。今からお店を出てもらうとアリスと遭遇してしまうから、とりあえず奥の作業場に――
移動してもらおうとした私の動きが、ふと止まる。
アリスの予想外の登場にばかり意識が向いていたけれど。よく見れば、彼女は屈強な男三人を侍らせているようだった。
見覚えがある。
伯爵令嬢としてではなく、冒険者として得た知識だ。
実力がなくてダンジョンの奥に潜ることもできず、碌な魔物も狩れず……まともな冒険者としての道を諦め、犯罪に手を染めているのではないかと噂されるゴロツキ共。冒険者ギルドのマスターから女性冒険者に注意喚起されていたのだっけ。
そんなゴロツキ共を、どうしてアリスは引き連れているのだろう?
「……入ってこないわね?」
店の前で立ち止まったアリスの様子に首をかしげるサラさん。後ろのゴロツキには気づいていないのか、あるいは店長さんで見慣れていて気にならないのか。
「お姉ちゃんのお店には入りにくいのかしら?」
いやぁ、アリスに限ってそれは無いと思いますけど。あぁでもこの前はいきなり殿下が登場したから警戒しているのかしらね?
「じゃあ私がお出迎えしてきましょうか」
と、姐さん気質を発揮して入り口へと向かうサラさん。危険かも、と思った私だけど、さすがのアリスも赤の他人にケンカを売ったり暴力を振るったりはしない、はず。
「いらっしゃい。シャーロットが中で待っているわよ? え? ――きゃ!?」
サラさんの悲鳴。
アリスの指示を受けたゴロツキの一人がサラさんの後ろに回り込み、彼女の腕を捻って取り抑えたのだ。
「何をしているの!?」
私が怒鳴りつけると、なぜかアリスは恍惚とした表情を浮かべた。……なんで? なんで怒られているのに嬉しそうなの?
あまりにも常識からかけ離れたアリスの反応に愕然とする私。
そんな私を嘲笑うかのようにアリスが店の入り口まで移動し、中に入ろうとした――直前、何かに気づいたかのように視線を横に移した。
彼女が見つめているのは、店長さんやドワルさん、サラさんの協力で作り上げた看板だ。後日大工さんに頼んで取り付けてもらう予定で、今はとりあえず店の壁に立てかけてあるだけのもの。
そんな看板をアリスは指さし、サラさんを抑えていないゴロツキ二人に何か指示を飛ばした。
男たちが取りだしたのは、長柄の戦鎚。魔物の硬い頭蓋を砕くために冒険者が使う武器だ。
そんな武器を、男はゆっくりと振りかぶり――思い切り、振り下ろした。
看板に向けて。
私の店の看板に向けて。
破壊音が響き渡る。
木板が割れ、破片が周囲に飛び散った。
「な、なにを……」
唖然とする私に見せつけるかのように男はウォーハンマーを横に振るい、店のショーウィンドウを叩き割った。




