開錠
「お店が始まったらまた来ますわ!」
そんな約束をしてマリーとセバスさんは帰っていった。
「……さて、と」
改めて店舗の中を見渡す。
正面右には壁一面の冷蔵庫。透明ガラスで覆われていて、内部を冷やすために大きな魔石が使われているはずだ。
たぶん、前世のお金で考えるとこれだけで1,000万くらいすると思う。
正面左に置いてあるのは商品棚なので、冷蔵庫よりはマシなはず……と思ったら、なんだか妙に装飾性が高いわね? 神話っぽいレリーフが彫られているわ……。
これがもし貴族御用達の職人に作らせたのだとしたら……いや、止しましょう。「赤字になったらこれを売ってしまいましょう」とか考えるのは。
「しかしまぁ……」
ほんとにこれが私のものになったのかしら? と疑ってしまい、何度も何度も書類に目を通す。……うん、間違いなく私のもの。これでも二年間公爵家の公式書類に関わっていたのだから、詐欺的な文面や小さな但し書きがあるわけでもないことは分かる。正真正銘、本物の譲渡書類と権利書だ。
いや、たとえ書類が本物でも「げはははっ! 気が変わったぜ! 店は返してもらおうか! お前だって夢を見られて嬉しかっただろう!?」と現役公爵・アルバート様に言われてしまったら返すしかないんだけどね。そうここは身分制度の世界……。
なにやらアルバート様が「君は私を何だと思っているのだ?」と頭を抱えた気がするけれど、気のせいに決まっているので気にしないことにする。
予想以上に凄い店舗を手に入れてしまったので、これはこれでプレッシャーだ。もしこれで潰してしまうようなことがあれば「やれやれ、期待外れだよシャーロット嬢」と呆れられてしまうからね! 気合い入れて経営しないと!
兎にも角にもまずはお花を入手しなくちゃね。
というわけで私はお花を仕入れるために店舗の奥の扉を開け、作業スペースに入った。
作業スペースはだいたい店舗と同じくらいの広さがあり、大人が2~3人は楽に寝られそうなほど大きいテーブルが設置してあった。たとえば大型のアレンジメントを作ったり、結婚式場に飾る花(一つ一つは小さくても大量に必要)を準備するときにはここを使えばいいと思う。
いやまぁ、まだ大型の注文が入るほど流行るとは限らないのだけどね。
作業用スペースだけど、ここの天井にも記録用の魔導具があったのでさらに奥の部屋へ。
ここは事務室との話だったけど……広い。もうここで生活できるなってくらいの広さがあった。
天井を確認すると、セバスさんの言葉通り記録用の魔導具はなかった。なので私は安心して開けることにした。
左手中指に嵌めていた指輪に触れる。何の装飾もない、くすんだ銀色の指輪だ。宝飾品大好きな義妹ですら興味を抱かなかった一品。
いや、あの義妹は私が指輪なんていうものを身につけることを許さなかっただろうし、何らかの魔術で最初から見えていなかった可能性もある。
そんな指輪に触れながら、私はその呪文を唱えた。
――開錠。