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契約結婚は円満に終了しました ~勘違い令嬢はお花屋さんを始めました~  作者: 九條葉月


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事件


 朝。

 いつものように起きて、浄化(ライニ)の魔法でスッキリとした気分になってからお向かいの食堂、黒猫亭へ。


 サラさんと一緒に朝ご飯を食べていると、少し申し訳なさそうな顔をした店長さんが厨房から出てきた。


「シャーロット。すまんが今日の昼は臨時休業だ」


「何かあったんですか?」


 店長さんはギルドでもそれなりの地位にいるらしく、店を留守にすることもときどきあるのだ。……たぶん商業ギルドだけど、冒険者ギルドである可能性もなきにしもあらず。店長さんの実力というか頑丈さ的にも。


「なんかお偉いさんが来るみたいでなぁ。ギルド長と一緒に対応しなきゃいけないらしい」


「へー」


 偉い人で真っ先に思い出したのがクルード殿下だけど、いくら彼のフットワークが軽くてもまさかギルド長と直接面会することはないでしょう。


「お昼はサンドウィッチを作っておくからよ。あとでサラに持っていかせるぜ」


「わかりました。頑張ってくださいね」


「おうよ、任せときな! 商業ギルド長(あのバカ)は頼りないからな、俺がケツを蹴り上げてやらねぇと!」


 がっはっはっと笑いながら腕を組む店長さんだった。


 ちなみにこの世界で言う『サンドウィッチ』とは前世の世界でのサンドウィッチと変わらない。ただし由来は『魔物討伐で功績のあったサンドウィッチ伯爵が馬上でも食事を取れるように開発した』となっているみたい。真面目だ……。真面目だこっちの世界のサンドウィッチ伯爵……。





 朝食後。

 今日も平穏な時間が過ぎていた。

 つまりはお客さんが来ない。平穏すぎて閑古鳥が鳴いていた。こんなはずでは……。


 作業台の端に置いてある額縁――殿下からいただいた初めての報酬に目をやる。まさかあの銅貨が最初で最後の収入になる可能性も……?


 何がマズいって、私自身にそれほど危機感がないことだ。だって週一回マリーのお仕事を手伝うだけで収入は十分だし。お客さんが来てしまうとマリーとヴァイオレットとのお茶会に参加できなくなるし。あまり忙しくなるとサラさんと一緒にお昼を食べることもできなくなりそうだし……。


 …………。


 いや、ダメじゃん。これじゃほんとに喫茶店になっちゃうじゃん。どうしたものか……。


「――相変わらずお客さんがいないわねぇ」


 と、悩む私にトドメを刺してくるサラさんだった。お昼のサンドウィッチを持ってきてくれたみたい。


「いませんねぇ。別の仕事があるので収入には困らなそうなのが何とも」


「羨ましい話だわ」


 やれやれと肩をすくめたサラさんがバスケットをテーブルセットの上に置いた。一人前にしては量が多いので、サラさんもここで食べて行くみたいだ。


 ちらり、とサラさんがお店のショーウィンドウから外を見た。視線の先にあるのは大工さんによる取り付けを待つ、今は外壁に立てかけてある看板だ。


「あの看板が取り付けられたら少しはマシになるかしら?」


「マシって……。まぁ、店長さんやドワルさんにも協力してもらって作ったのですから、効果がないと申し訳が立たないですよね」


 あー、もういっそのことアリスでもいいから来てくれないかなー。お花を買ってくれるならお客さんとして大切に扱うのになー。……という冗談は置いておくとして。


 そう、あくまで冗談。


 冗談のはずだったのだけど。


 視線を向けたままだったガラス張りのショーケース。そこから見える大通りに現れたのは金髪の美少女――、……アリス? 私の義妹のアリス・ライナ伯爵令嬢?


 ショーウィンドウの前で立ち止まり、店内を覗き込んでくるアリス。……あ、目が合った。


 途端に瞳を輝かせるアリス。嫌な予感がする。クルード殿下を前に逃げ出した苦い経験があるはずなのに、どうしてまたこの店に?



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