閑話 ヴァイオレットの憂鬱
――情けない男ばかりだ。と、ヴァイオレットはため息をつく。大切なシャーロットの危機なのだから、王族や高位貴族としての『力』を存分に振るえばいいのにと。
無垢なる庶民を貶めるわけではない。罪ある貴族を罰することをなぜ躊躇うのか。
無論、高位貴族として生まれたヴァイオレットは、自らの権力を振るうことに躊躇ったりはしない。マリーが伯爵家の証文を買い占めていたように、ヴァイオレットもまた動いていた。
まずは洗脳系の稟質魔法でアリス付きのメイド、チェシャを籠絡。伯爵家内に『糸』を伸ばし、虐待の情報を集めると同時に伯爵家の弱みを調査させていた。それこそ、シャーロットと出会った学生時代から。
すでに伯爵家を潰せるだけの証拠は揃っていたが、シャーロットがアルバート・レイガルドと婚約し公爵家に入ったことで計画は凍結された。伯爵家程度では『レイガルド公爵夫人』となるシャーロットに手出しはできないし、そうなった以上、ヴァイオレットも雑魚に構う趣味はなかったためだ。
ちなみに。ヴァイオレットは二人の婚約が偽装であることを疑い、調査の結果そうであろうと確信を抱いていた。なにせ婚約式もなかったし、シャーロットは夜会に現れず未来の公爵夫人としての社交をしない。これで疑うなと言う方が無理な話だ。
あの鈍くて鈍くてとにかく鈍いシャーロットをじっくり口説き落とすため、あのヘタレで軟弱でヘタレなアルバートはあのような手段に出たのだろう。そう理解したヴァイオレットは生暖かい目で見守ることにしたのだ。あのヘタレにしては頑張っているじゃないかと。
しかし。アルバートはヴァイオレットの想像を超えたヘタレであった。
ヤツは二年もの時間を浪費し、口説き落とすことすらできず、みすみすとシャーロットを逃してしまった。その結果が先日の事件だ。
なんと情けない男だろうとヴァイオレットはため息をつくしかない。殿下といい、アルバートといい、なぜシャーロットはあんなにも情けない男からばかり好かれてしまうのか。
いっそのこと言い寄る野郎共を『洗脳』してシャーロットから距離を取らせてしまおうか。とすら考えてしまうが、それはさすがにお節介というものだろう。ついでに言えば、高位貴族を洗脳したとバレたら、いくらアルバラート公爵家とはいえお取り潰しなってしまうだろうし。
――洗脳。
と言えば聞こえは悪いが、そこまで便利な力ではない。あのチェシャというメイドのように欲の強い人間であればあるほど洗脳しやすいが、逆に、高潔な人間には効果が薄くなってしまう。
とはいえ、教会からの信頼も厚い清らかなる聖職者も洗脳できたので、いくら効果が薄くともまったく洗脳できないという人間は存在しない。
唯一。シャーロット・ライナを除いては。
最初は手応えがあるので成功したかと思いきや、まさかまさかの自虐によって自ら洗脳を解いてしまう女。
一見すれば家族からの虐待によって自分に自信が持てていないことが原因――と、なるのだが、ヴァイオレットはそれだけではないだろうと考えている。そもそも、言い方は悪いが、虐待を受けている人間など普通にいるものなのだから。
一体どんな『力』を隠しているのやら。
「……ほんと、面白い女ですわよね」
友人であるシャーロットの言動を思い出し、ついつい頬を緩めてしまうヴァイオレットであった。




