閑話 高貴なる少女たちの密談
シャーロットの店でのお茶会が終わったあと。
帰り道でマリーとヴァイオレットは同じ馬車に乗り、向かい合って座っていた。ヴァイオレットがマリーの馬車に乗り込んできた形だ。
馬車というのは動いているし、馬の蹄や車輪が立てる音によってそれなりに騒がしい。――密談をするには意外とよい場所なのだ。ちなみにヴァイオレットが乗ってきた馬車はすぐ後ろを付いてきている。
ヴァイオレット・アルバラート公爵令嬢。
マリアンヌ・レイガルド公爵令嬢。通称、マリー。
マリーは気軽に愛称で呼ぶことを許しているのに、ヴァイオレットは友人にすら愛称を使わせない。この辺りからも二人の性格の違いが透けて見えていた。
それはともかく。
この二人の公爵令嬢は、実家の権力や王太子と年齢が近いという関係から、王太子妃――次の王妃の最有力候補とされている。
そんな王妃にすらなれる可能性がある二人がする密談……。酷い結果になるのは目に見えていた。
ヴァイオレットが少し楽しそうに扇子で自らの顔下半分を覆い隠す。
「さて。あの女への報復とまいりましょうか」
「……シャーロットは、報復など望んでいませんでしたわよ? それに、先ほどは自分で『動きません』と……」
「あの女は、わたくしの友人に手を出したのです。ならばわたくしが、わたくしの意思で報復をしなければなりません。徹底的に」
「……恐ろしい御方ですわ」
「他人事のように。あなたも『報復』の準備はしてきたのでしょう?」
「……えぇ、まぁ。『家族』が虐げられていたのですし」
マリーとシャーロットは二年間同じ屋敷で暮らしてきた。
将来の兄嫁になるのだからと親しいやり取りをしてきた。
なにより。良くも悪くも裏表のないシャーロットとのやり取りは――心地よかった。
もはやマリーにとってシャーロットは家族も同然。
そんなシャーロットを虐待していた過去があり、今後もシャーロットを虐げる可能性があるライナ伯爵家については……マリーもすでに手は打っていた。
「ライナ伯爵家の証文(借用書)は大部分を我が商会が購入しております」
貴族相手の債権――借金は回収が難しい。だからこそ、より高位の貴族に(少し割安で)証文を販売し、回収してもらうというのは普通に行われていることだった。
そして。マリーは自らが立ち上げた商会を使い、ライナ伯爵家のほとんどの証文を入手していた。実家が公爵家であるので取りそびれる心配もない。そうでなければ『伯爵家を敵に回すつもりか!?』とでも騒いで借金を踏み倒す可能性が高かっただろう。むしろ最初からそのつもりで金を借り続けていたはずだ。
「用意周到ですこと。……ですが、あんな吹けば飛ぶような伯爵家では大した資産もないでしょう?」
「えぇ。ですから――いざというときは王都の屋敷も、領地も、爵位も、すべて渡してもらいましょう。お金を返せないのですから仕方ありませんよね」
「……恐ろしいこと」
貴族であるからこそ、その恐ろしさを理解できるヴァイオレットだ。
ライナ伯爵家の領地は小さく、資源は枯渇し、碌な産業もない。そんな役に立たない、赤字ばかりを垂れ流すような土地であっても――貴族は手放すわけにはいかない。なぜなら代々維持発展させてきた領地こそが貴族としての誇り。貴族である証なのだから。
そんな土地を、マリーは借金返済という形で手放させようとしている。領地を失えば自動的に爵位も失うことになるだろう。
だが、珍しいことではない。建国当時ならとにかく、王国の長い歴史において借金が返せなくなり、領地と爵位を売り払わざるを得なくなった『元』貴族家はそれなりにあったのだから。
貴族なのだから豪華な生活をしなければならない。夜会があるならドレスを新調し、周囲の貴族を招いてのお茶会や晩餐会も頻繁に開催しなければならない。そんな『呪い』もまた借金増加に一役買っていた。
……調べる限り、伯爵夫人は必要以上の浪費を行っていたようだが。




