店舗へ
「……え? 立派。立派すぎない……?」
お花屋さんとして案内された店舗は、レンガ造りの二階建てだった。大きさとしては周りの店舗の二倍くらいはありそうな。
お店の正面はドア部分も含めて一面ガラス張り。前世の感覚で言うと、貴族制度の全盛期だと透明ガラスは高級品だったイメージがあるし、この世界でも高級品であるはずだ。
「せ、セバスさん。これ、家賃おいくらです?」
「すでにシャーロット様の持ち家という形になっておりますので、無料ですね」
「い、いいんですか?」
「そういう契約であったと聞き及んでおりますが」
「それはそうなんですけど、ここまで立派な店舗だとは思ってなかったと言いますか……」
「遠慮されても、それはそれで困ってしまいます。自分はシャーロット様に店舗を引き渡せと命令されていますので」
「あー、そうですよね。セバスさんもお仕事ですものね。じゃあとりあえず中で書類の引き継ぎ作業を……」
ガラス張りのドアを開け、中に入る。
「うわぁ、うわぁ……っ!」
そんなはずはないのに店内は輝いているように見えた。
まず目を見張るのが店舗の右壁際一面に設置されたガラス張りのショーケース。あの中に切り花を飾れということなのでしょう。
そんなショーケースの反対側、店舗左壁には大きな棚が設置されている。こちらは鉢物系を置けるスペースだ。
店舗正面奥にはレジカウンターを兼ねた作業台。これは事前に希望の間取りを提出していたおかげか、花束やアレンジメントを作るのに十分な広さがある。
そんなレジの奥には木製の扉があり、たぶん作業スペースや在庫置き場になっているはずだ。私の書いた間取り通りなら。
「では、まずは店舗の設備の説明をさせていただきます」
恭しく一礼をしてからセバスさんはまず店舗右壁のショーケースに近づいた。
一面ガラス張りは引き戸になっていて、横にスライドさせて中の切り花を取り出せる形だ。
「ショーケースは切り花を保管する冷蔵庫を兼ねているとのことでしたので、大型冷蔵庫用の魔石を設置してあります」
――魔石。
土中の鉱石が長い年月を掛けて魔力を吸収したもの。鉱石の種類によって様々な魔法現象を起こすことができる。また、魔物の体内にある石も魔石と呼ばれていて、こちらもまた魔法現象を起こすことができる。
入手方法は違うとはいえ得られる結果は同じなので採掘されたものも魔物から得られたものも等しく『魔石』と呼ばれている。冷蔵庫に使われているのだからおそらくは氷系統の魔石でしょう。
「シャーロット様であれば魔石への魔力補充も問題なく行えると思いますので」
「え、えぇ、それは問題ないですが……こんな大きなショーケースを冷やせる魔石なんて、お高かったのでは?」
「ご安心を。領地からの税として得られた魔石を使っておりますので」
「どこに安心できる要素が……?」
正直、二年間働いた程度の報酬としては貰いすぎだ。これとは別に毎月お給金をいただいていたのだし。
でも、セバスさんにそんなことを言っても彼を困らせるだけだしなぁ。彼もお仕事でここに来ただけなのだし。
ほんとにいいのかなぁと考えていると、セバスさんが店舗の入り口一面に張られたガラスを指差した。
「あちらには警報の術式が組み込まれておりまして。ガラスが破壊されるなどの異常が検知されますと近くの騎士詰め所に警報が届くようになっております。おそらく数分で騎士が駆けつけるかと」
「え? 騎士様が? ちょっと過剰じゃありません?」
ここで言う騎士とは戦場で戦う騎士ではなく、最初から治安維持のために編成された騎士のことなのだろうけど……。たかだか一店舗からの警報が騎士詰め所に届くとか迷惑なのでは?
私の考えを察したのかセバスさんが少し怖い顔をしながら詰め寄ってくる。
「シャーロット様。うら若き女性が一人で店を切り盛りするのです。このくらいはあってしかるべきかと」
「そういうものですか……」
セバスさんの圧に負け、大人しく受け入れることにした私である。
「それと、店舗天井には記録用の魔石が数カ所設置されておりますのでご承知置きください」
セバスさんが指し示した天井にはたしかにそれっぽい設備が。前世における防犯カメラってところか。初めて見たけど高位貴族の店では一般的なのだろうか?
「着替えなどあるでしょうから、記録用魔石につきましては一番奥の事務室には設置しておりませんのでご安心ください」
「あ、そうですか。お心遣い感謝いたします」
「二階でありますが、一応は住居という形となっております。ただし、シャーロット様が暮らすには手狭かもしれませんので、その際はまたご相談ください。安全性の高い住居を紹介させていただきます」
「あ、ありがとうございます」
この世界はまだまだ治安が悪いからね。テキトーな家を借りると身の危険があるのだ。ここは素直に頷いておいた方がいいでしょう。
……いや、店舗には警報の術式が施されていて、何かあったらすぐに騎士様が飛んできてくださるのだから、むしろこの店舗で暮らすのが一番安全性が高いのでは?
私がそんなことを考えていると、セバスさんが少し心配そうな表情を浮かべた。
「店舗については以上となりますが……生花の仕入れは大丈夫でしょうか? ご希望なら公爵家が代理となって仕入れをすることも可能ですが」
こんな若い女性が商人とやり取りをして――というのは現実的じゃないからね。セバスさんの心配はごもっともだ。
でも、それについては問題ない。
「大丈夫です。お心遣い感謝いたします」
「……そうですか」
少し寂しそうな顔をするセバスさんだった。ちょっとくらい頼った方が良かったのかしらね?
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