ヴァイオレット
声の主を確認するために振り返る――前に、背後から伸ばされた手が私の頭を掴み、無理やり後ろを向かされた。いや、グキッて。首からグキッて音がしたんですけど?
「あら、猫に思い切り引っ掻かれましたのに、もう治っていますのね。二年前よりレベルが上がったのではなくて?」
「……あー、どうなんですかね?」
首というか頭は掴まれたままなので、身体だけ動かして後ろを向く。
首と身体が同じ方向を向いたところで、改めて声の主を確認。
前世の『悪役令嬢』かってくらいボリューミーなドリル――じゃなくて、カールした髪型。高位貴族ですよーっと自己主張するかのような輝く金髪。これまた高位貴族であることを誇るかのような真っ白い肌。そして豊満な胸部装甲。目の毒。
鼻は高く、目はつり上がり、唇のルージュは真っ赤。どこをどう見てもキツめの印象を与えてくるご尊顔だけど、その中身はとても優しい人物であることを私は知って……知って……いや優しい人間は首をグキッとはやってこないかしら?
――ヴァイオレット・アルバラート公爵令嬢。
貴族学園時代の同級生で、生徒会役員として共に活動した仲だ。
恥ずかしげもなく真紅のドレスを身に纏い、それが途轍もなく似合っている美女だった。たしかにキツめの顔なんだけど、それが逆に魅力となっている系。
あと、なんだか殿下やアルバート様みたいにキラキラ輝いている気がする。王族や高位貴族のイケメン&美女って光るのがデフォなの? すごいな異世界……。
「相変わらず間抜け面していますのねぇ?」
「えへへ、照れますね……」
「一体どこに照れる要素が……?」
「いやだってヴァイオレット様が『相変わらず』って。まさか私なんかの顔を覚えてくださっていたとは」
「……『私なんか』とは、ずいぶんと自虐なさるのね?」
「え? 自虐? まさかまさか。これは正当な評価ですよ。ほら、私ってどこにでもいるモブ顔ですし」
ちなみに『モブ顔』という言葉はたぶん通じると思う。流行の小説を通じて広まった単語だし。
「確かに変装中は平々凡々とした顔をしていらっしゃるけど……。素の顔はとてもモブ顔ではございませんことよ?」
「モブではない? つまりは背景に溶け込むことができないほどに目立つ不細工と?」
「……シャーロットはもう少し自信を持つべきね」
私の頭を掴んだまま、ヴァイオレット様がズイッと顔を近づけてきた。そう、今の今までヴァイオレット様は私の頭を掴んだままやり取りをしていたのだ。私の頭ってそんなに手にジャストフィットするんです?
ヴァイオレット様が瞬きすらせず私の目を見つめてくる。
普段の彼女の瞳は透き通るような緑色。だったはずなのに、今の彼女の瞳は仄かに光る金色に感じられた。人の瞳の色が変わるなんてこと、あるはずがないのに。
「――いいですか、シャーロット」
ヴァイオレット様の声が何度も何度も頭の中に響き渡る。なんだかボーッとしてくるというか、フワフワとした感覚になるというか……。
「あなたは聡明です」
「わたしは、そうめい?」
「あなたは美少女です」
「わたしは、びしょうじょ?」
「自信を持ちなさい」
「じしんを?」
「あなたは頭が良く、美しく、どこに出しても恥ずかしくないわたくしの友人です。わたくしの友人であるならば、胸を張り、侮辱してくる人間を張り倒すくらいの気概を見せなさい」
「わたしはあたまがよく、うつくしく、はずかしくなく……」
わぁ、なんだかそんなきがしてきたぞー?
そうだー。わたしはあたまがよくー。
うつくしくー。
はずかしくなくー。
…………。
…………。
…………。
「……って、そんなわけないじゃん。どんだけ自意識過剰なのよ私?」
と、セルフツッコミをしていると。
「チッ、相変わらずしぶといですわね」
この公爵令嬢、舌打ちしませんでした?




