登場
クロちゃんが、その金色の瞳でこちらを見つめていた。試すように。見極めるかのように。私がここで耐えてみせるのか。心の闇に飲まれてしまうのか。確かめるように。
そして、わたしは。
「――おや、これはこれは。ずいぶんと酷い状況じゃないか」
私の背後でドアを開ける音が。
革靴の音を響かせながら。殿下が私とアリスの間に立ち、アルバート様とカラック様は私の側に膝を突いてくださった。
二人は現役公爵と侯爵令息。王族に対して膝を突くことはあっても、庶民となった私のためになど、許されるものではない。
「御二方に膝を突かせるわけには……」
「言ってる場合か!?」
アルバート様が私を叱責し、遠慮なく私の左頬に触れてきた。
「……よし。相変わらず素晴らしい回復力だ。だが無茶をしないように。こちらの血の気が引いたぞ?」
アルバート様の苦言にカラック様も同意する。
「ほんとほんと。ドアの隙間から様子をうかがっていたけど、まさか手を出すとはねぇ。貴族なんていかに直接手を下さずに相手を貶めるかを重視するというのに。素手どころか扇子を使うなんて……」
心配そうに眉をひそめたカラック様が私の左頬を見て、続いて床へと視線を落とした。
その先にあるのは、滴り落ちた血の跡だ。
「お、お見苦しいところを」
私の全身を羞恥心が駆け抜ける。自動回復によって顔の傷は治ったとはいえ、床に落ちた血が消えるわけではない。
血とは穢れ。
貴族は血を嫌う。血に触れるような仕事をするのは卑しい庶民の役割とされているからだ。
公爵にこんな私の血を見せるわけにもいかない。私が服の裾で床に滴り落ちた血を拭いていると――その手を、アルバート様が押さえた。
「見苦しくなどない。キミのどこに見苦しいところがあるだろうか」
「アルバートさま?」
拭いた血で穢れた服の裾ごと、アルバート様が私の手を握る。自らの手が汚れることも躊躇わず。
「噂では知っていたが、本当に家族から虐げられていたのだな……。すまなかった。こうなると分かっていれば、無理をしてでも公爵家に留めていたのだが……」
「え~っと?」
「シャーロット。いかなる困難からもキミを守ると誓おう。甘えてくれていい。助けを求めて欲しい。キミさえ良ければ、もう一度公爵家に――」
公爵家に?




