追放
妹。
義妹。
父親が同じ、家族。
アリス・ライナ伯爵令嬢。
軽くウェーブの掛かった金髪。宝石のような紺碧の瞳。いかにも優しそうな目元。う~ん相変わらず可愛らしい。カラック様と同じく小動物系。きっと将来はものすごい美女になるに違いないわ。
ストレートの銀髪と、青い瞳。少しきつめだという私とはかなり違う。ほんとに姉妹なのかと疑いたくなるほど。……いや母親が違うのだから似ていなくても当たり前か。
そんな義妹・アリスは私の姿を見つけるやいなや手にしていた扇を畳み、パァっと顔を輝かせた。契約結婚をするまではよく目にした、いじめっ子の顔だ。
「あらお姉様! ずいぶんと立派なお店を買いましたのね! チェシャがアルバート様から金をせびったと言っていましたわよ!」
「……またそんなことを言っているのねあのメイドは」
まぁ、あの人は義母が連れてきたメイドだし、私を目の敵にしてもしょうがないのよね。というか面倒くさいから関わりたくないし。
「お花を買いに来たの?」
「まさか! お姉様に教えてさしあげたいことがありまして!」
「教えて?」
私が喜ぶようなことをアリスが教えてくれるはずがない。これは……伯爵家からの追放が決まったかしら? それならアリスのあの嬉しそうな顔にも納得できるというものだ。
「はい! お姉様はとうとう伯爵家からの追放が決まりましたの! おめでたいですわね!」
「……あぁ、そう」
私の婚約破棄の噂を聞いて。相手であるアルバート様に確認して。そして『伯爵家の名を汚した』として追放の手続きを。まぁこのくらい時間が掛かるわよねという感想だった。むしろあの父親にしては頑張って諸々の手続きをしたんじゃない? 喜び勇んで書類を準備するあの人の顔が目に浮かぶようだわ。
「――なぜですの!?」
と、いきなり激高するアリス。この子って昔からこらえ性がないというか、ちょっとしたことですぐ頭に血が上るのよね。
相手が急に怒り出すと、こっちは逆に冷めていく。そんな冷え切った心は瞳に乗ってしまったのか、アリスはますます怒りを加速させていく。
「伯爵家から追放されますのに! どうしてそんなに落ち着いていますの!? 家族がいなくなりますのよ!? 貴族じゃなくなりますのよ!? 平民になるというのに、なぜ!?」
「なぜ、って言われてもなぁ」
前世では一般人だったし。貴族なんて物語の中で見る存在だったし。堅苦しい生活を強いられる貴族よりは、気楽な平民生活の方がいいに決まっている。
それに。
ここには私を虐げる『家族』はいないし。
父親は私を別邸に押し込み、完全に無視をして。食事すらまともに与えてくれず。
義母はお母様の遺品のことごとくを取り上げ。不機嫌なときは平気で暴力を振るい。
そんな両親の真似をして、私を虐げてきたのがアリスだ。
私に同情的な執事やメイドさんが残飯を持ってきてくれたり、冒険者として稼いだお金で食べ物を買わなければ……私はとっくの昔に餓死していたはずだ。
あと、自動回復スキルがなければどこかの時点で病気になり、これまた死んでしまっていたはず。
ついでに言えば早朝だろうが真夜中だろうが構わず夫婦喧嘩してくれるので寝不足になるし。いや私は別邸にいたからマシだったけど……。逆に言えば別邸に届くほどの大声だったわけで。本邸にいるアリスの方が精神的なダメージは大きかったのでは?
それはともかく。
食事は黒猫亭で美味しいものが食べられて。伯爵閣下の顔色をうかがう必要もなく。暴力に怯えなくてもよくて、毎晩静かな部屋で快眠を楽しめる。
そりゃあ追放してくれるなら万々歳ってものですよ? むしろなぜアリスがここまで怒っているのやら?
……あぁ、なるほど。私が泣いてすがりつく姿が見たかったのかしら? 昔から、いくら虐めても私が泣かないことにご不満のご様子でしたし?
面倒くさいなぁ、とため息をついてしまう私だった。




