執務室で・5
「……なにか、とんでもない魔術なのかい?」
クルードの問いかけにカラックが首肯する。
「えぇ。術式はまるで理解できませんが……下手をすれば数年、いえ、数十年この状態を保持できるかもしれません」
魔術に対しては真摯なのか畏まった受け答えをするカラック。
なぜその対応を普段からできないのだと場違いな感想を抱いてしまうクルードは、あるいは信じ切れていないのだろう。あんな、呪文詠唱すらしなかったのに、数十年もの間品質を保つことなどできるはずがないと。
だが、カラックの表情は真面目そのものであり。
「この花束、誰かにお見せになりましたか?」
「いや、飾ったばかりなので誰にも見せてはいないはずだよ」
「それは良かった。この花束は自室にでもお飾りください。決して他人には見せないように。――特に、魔導師団長には」
「魔導師団長には?」
それは、ずいぶんと。自分の父親を危険人物のように扱ってはいないか?
「はい。もしもこれを見せれば、父上はシャーロット嬢と私の婚約を推し進めるでしょう」
魔導師団長が息子の嫁に求める。
それはつまりシャーロットの才能を認め、シャーロット本人はもちろんのこと、シャーロットの『血』までもを取り込もうという判断に他ならない。
「……シャーロットには、それほどの魔術的才能が?」
「あります」
「それは例えば、『銀髪持ち』であるアルバートくらい?」
クルードの問いかけは一種の試しだ。シャーロットの本来の髪色が銀髪であることをカラックは知らないはずだから。
だが、もしかしたらシャーロットが『銀髪持ち』に匹敵する力があると判断されれば、彼女が実は『銀髪持ち』であることがバレてしまうかも――
「この魔術であれば、銀髪持ちを超えるでしょう」
「……超えるのか?」
「えぇ」
「銀髪持ちとは高位の魔術師である証。人を超える魔力総量を有する証明。この国にも数人しかいない貴重な存在だ。シャーロットは、そんな銀髪持ちを超えると?」
「超えるでしょう。無礼を承知で伺いますが、銀髪持ちであるアルバートでも、これほどの状態保存の魔術を掛けられますか?」
「…………」
その、状態保存の魔術とやらが本当にそこまでの効果があるのかどうか自体疑わしいのだが……カラックの圧に余計な口をきけなくなるクルードであった。よく考えてみれば、この花束を買ってから数日経つのに痛む様子がないのだから。
とにかく。まだ理解が及ばないが、この花束は自室に移した方が良さそうだ。場合によっては魔導師団長も王太子執務室を訪れる可能性があるのだから。ただでさえライバルが多いのに、この上さらにカラック(というよりも魔導師団長)まで参戦されたら目も当てられない。
この花束を隠せば、当面の問題は回避できそうだ。あとはまたシャーロットの店を訪れたとき彼女に釘を刺しておけば……。
そんなクルードの思惑を、カラックは恭しい態度で破壊する。
「殿下。自分もそのシャーロット・ライナ伯爵令嬢にお目に掛かりとうございます」
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