執務室で・4
「……珍しいですね?」
と、そんな声を上げたのはアルバート。
「…………」
アルバートが仕事の話を中断してまで雑談をしてくる方が珍しい。とは、何とか飲み込んだクルードである。おそらくはシャーロットが『お花屋さん』を始めたから気になってしまったのだろう。
「あぁ、シャーロットのお店で購入したものだよ」
「……そうですか」
顔はあくまで無表情のまま。中指を伸ばし、ズレてもいない眼鏡を何度も直すアルバート。分かり易すぎる動揺であった。
普段であればそんなアルバートの様子をカラックがからかうところなのだが……彼は瞬きすらせず花瓶に刺さった花束を見つめていた。
その青い瞳が僅かに光を帯びている気がする。
まさか、希少なスキル・鑑定眼を使っているのだろうか? ランクにかかわらず保有しているだけで魔導師団に入れるとされるスキルを、ただの花束に……?
瞳を蒼く光らせたまま。カラックが花束から視線を外しクルードに向き直った。
「――殿下。敬愛すべき我らがクルード殿下。一つお尋ね申したき儀が御座います」
「お、おぉ? なんだ?」
急に畏まったカラックの物言いに、クルードの方が戸惑ってしまう。
いつものお調子者ではない、魔術師としての顔。
表情にいつもの軽薄さはないし、瞳の奥には邪魔者を容赦なく排除しかねない凄みがあった。
なんだ、これは?
カラックに何があったのだ?
この花束に、何があったのだ?
「この花束を作製したのは、件のシャーロット・ライナ伯爵令嬢でありましょうか?」
「あ、あぁ。そうなるな」
「この状態保存の魔術も、彼女が施したのでしょうか?」
「……そういえば」
あのとき。シャーロットは保水用の資材がないからと、状態保存の魔術を掛けると言っていた。耳馴染みのない魔術だったのでクルードも疑問に思っていたが、そのあとも色々ありすぎてすっかり聞きそびれてしまった。
アルバートも首をかしげている。
「状態保存? それはあまり効果のない魔術だったはずではないか? 食中毒を防ぐ『おまじない』程度の効果しかなく、食品を長持ちさせるなら魔石を使った冷蔵庫の方がいいからと、今ではほとんど使われていない魔術であるはずだ」
優秀なるアルバートはそんな古い魔術に関する知識も有しているらしい。……あるいは、王太子であるクルードに無駄な知識はいらないと家庭教師が省いてしまったか。
どちらにせよ、魔術の発展に従い、いつの頃から役目を終えた『使いどころのない魔術』の一つであることは確かなようだった。
そんな魔術がこの花束には掛けられているという。
クルードのために『おまじない』をしてくれた。というのなら可愛らしいものだが、その程度のおまじないでカラックが鑑定眼を使うとは思えないし、あのシャーロットがそんな可愛らしいことをするはずもない。
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