執務室で・2
「そうだだねぇ。不敬罪、不敬罪かぁ……」
悩むようにクルードが背もたれを軋ませる。態度こそそんな感じではあるが、実際の彼はもう迷っていないことをカラックは察している。
「さて、どうしようかな? 正直、アレが注目を集めているおかげで、他のご夫人たちの結束力は高まっているんだよね」
隙あらば他人を貶め、失脚を狙うのが貴族という人種だ。特に貴族夫人は社交界という名の戦場で夫と家のために奮戦するのが習わし。必然的に貴族夫人というのはギスギスしていて、酷いときには冤罪で他者を貶めていたのだが……。
「共通の敵がいると自然と協力し合うってところですか?」
「分かっているなら話は早い。あの伯爵家程度であればすぐに潰せるのだし、それまではせいぜい貴族の友好関係樹立を促進してもらおうじゃないか」
「……相変わらず、腹黒いっすね……」
「そんなことはないさ。普通だよ?」
「普通っすか……じゃあアリスがシャーロット嬢に危害を加えたらどうするんです? 実際、実家ではそうだったんじゃないかって疑われているんでしょう?」
いわく。シャーロットは後妻や妹から暴力を振るわれていた。
いわく。シャーロットは本邸から追い出され、別邸に押し込まれていた。
いわく。シャーロットにはメイドすら付けられず、満足な食事も与えられなかった。
いわく。シャーロットには嫁入りのための支度金も準備されず、貴族学園卒業後は修道院に入れられる予定だった。
だからこそアルバートは憐れなシャーロットを救うために『婚約』という手段を執ったのだ。
と、いうのが定番の噂だった。
あまり社交界に興味がないカラックまでもが知っているのだ。おそらくその『噂』はかなり広まっているのだろう。
一体誰が広めているのやら。
幾人かの心当たりがあるクルードは、なんとも愛されている女性だと心の中で苦笑する。
――そして自分も、呆れるほどに惚れているらしい。
彼女を守るためなら、多少の犠牲が出ても構わないとすら考えているのだから。
クルードはカラックに朗らかで明るくて一点の曇りもない笑顔を向けた。
「はははっ、その時は、その時だよ」
何をするのか断言せずに、わざとらしい笑い声を。
その態度に恐ろしさしか感じられなかったカラックは一気に冷や汗が出てしまうのだった。




