閑話 義妹・アリス
「――殿下! わたくしとお茶会をいたしませんか!?」
王宮の廊下で。不躾にも王太子クルードに声を掛けてきたのはアリス・ライナ伯爵令嬢。シャーロットの義妹であり、見た目は何とも可愛らしいが……それだけの女だ。
まず、伯爵家の娘程度が王宮に入り浸るのがあり得ない。王族の婚約者であればともかく……。いや、そのような行動を禁止する決まりはないが、長年の風習でそういう風になっているのだ。それを守らず王宮に足を運び続ければ、当然『不躾な女』という評価を下されることになる。
しかも、王太子に自ら声を掛けるなど……。
地位が下の者は自分から声を掛けることをせず、地位が上の者からのお言葉を待つ。それこそが貴族の礼儀であり、身分制度というものだ。それが嫌なら貴族籍を捨てて平民にでもなればいい。
結論とすれば無礼者。
そしてクルードは、無礼者に対する礼儀は持っていなかった。
……いや、礼儀云々で言えばシャーロットも十分すぎるほどに無礼なのだが。あれはクルードとシャーロットとの間に生徒会役員としての親しい交流があったからこそ許されるもの。さらに言えばクルードがシャーロットに惚れているから問題になっていないだけなのだ。
親しさがゆえの無礼と、無知ゆえの無礼。クルードが同じ対応をするはずがない。
「…………」
稟質魔法によって心を読むようなことすらしない。彼からすれば読む価値もないからだ。なぜ自分から進んで不愉快さを積み上げなければならないのか。
アリスを無視し、そのまま廊下を進むクルード。女性に甘いことで有名な王太子からここまで冷たい態度を取られれば、普通なら心に傷を負うものなのだが……アリスは諦めなかった。
正確に言えば。クルードをさっさと諦め、標的を側近であるアルバートに移した。
「アルバート様! お姉様と離縁されたそうで! 妹として謝罪いたしますわ!」
なんとも健気なことを言うアリス。だが、シャーロットにフラれた(?)ばかりのアルバートからすれば苛立ちしか感じられなかった。
「謝罪とは、どういうことですか?」
わざわざ立ち止まり、アリスと向き合うアルバート。それを傍目で見るクルードからすれば、そういう態度を取ってしまうから相手が調子に乗ってしまうのだと呆れるしかない。
「はい! どうせお姉様が失礼なことをしたのでしょう! お可哀想なアルバート様! ぜひわたくしにお話を聞かせてくださいませ!」
「……ぷっ」
と、思わず吹き出したのはクルードやアルバートに同行していたカラック・ラスター侯爵令息。魔導師団長の息子であり、クルードの側近であり……アルバートの事情もある程度は知っている男だ。
このカラック。クルードやアルバートと比べれば息を飲むようなキラキラしさはないが、安心感を覚える顔をしている。フワフワした金髪も相まって小動物系イケメンとでも呼称したくなるが……それだと『小動物系』でアリスと同じ区分になってしまうので本人は嫌がるかもしれない。
しかし、カラックが吹き出してしまうのも無理はない。『失礼』度合いで言えば今のアリスの方が圧倒しているのだから。
さらに言えば、現役公爵であるアルバートに対して『お可哀想』と同情し、さらには婚約破棄の話をせびるとは……。よくぞそこまで無礼な発言ができるものだ。
それと、婚約破棄の原因は不明ということになっているのに、『どうせ』という物言いからはアリスが普段からシャーロットをどう思っているかが透けて見えていた。
「…………」
アルバートとしてもシャーロットの妹であれば『家族』としての対応をしたい。
だが、人間には出来ることとできないことがある。
「……用事が詰まっているので、これで」
アリスの答えを待たずクルードの後を追うアルバートだった。
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