黒猫亭
黒猫亭はたぶん普通の食堂だった。いや食堂らしい食堂は冒険者ギルドの受付に併設されていたものしか知らないから、この世界の普通の食堂がどんなものかはイマイチ分からないんだけどね。
店舗にはもちろん透明ガラスなんてものはなく、雨戸を開けて光を直接店内に入れているようだった。そんな窓のうち一つだけ廃ガラスを集めて作ったステンドグラスが嵌められており、いい感じのアクセントになっていた。
お店の入り口には立て看板が置いてあって、様々なメニューが書いてある。……うん、ギルドの食堂とさほど変わらないラインナップだ。つまりはこの世界の平均的なメニューなのでしょう。お値段が書いてないのがちょっと怖いかも。
そんな観察をしている間にサラさんはお店に入ってしまったので、後に続いて入店する。
「店長! 引っ越してきたお隣さんですよ!」
「――お隣さんだぁ?」
厨房っぽいところにサラさんが怒鳴ると、ぬっ、と。クマのような大男が出てきた。盛り上がった肉体に、顎がすべて隠れるほどの顎髭。店長というからには料理を作るんだろうけど……大丈夫? ゲハハッと笑いながらお肉の丸焼きを素手で食べそうな見た目していません?
そんな厳つい外見の店長さんだけど、意外なことに人の良さそうな笑顔を私に向けてきた。見た目で判断してすみませんでした。
「おぉ、あんたがあのバカが言っていた花屋か。まだ若いのに店を始めるとは立派じゃねぇか。何か困ったことがあったら俺に相談しな。レッドベアくらいなら倒してやるからよ」
「あ、はい。ありがとうございます?」
レッドベアって、魔物のレッドベアよね? 討伐ランクAの難敵。それを『くらい』って。どれだけの腕前があれば豪語できるのやら。実は伝説の勇者だったりしません?
…………。
クマとクマで同士討ちか。と考えてしまったのは絶対の秘密だ。
「店長! この子になにか食事を出してあげてくださいよ! 私の奢りでいいですから!」
「馬鹿野郎! ガキが余計な気を回すもんじゃねぇ! おぅ嬢ちゃん! 俺の奢りだ! なんでも好きなものを頼みな!」
「あ、ありがとうございます……?」
声の大きい店だなーっとちょっと引きながら、木製の椅子に腰を下ろし、メニューに向き合うことにした私であった。




