閑話 王太子クルード
――この世界に人間には、時折『稟質魔法』というものを持って生まれる者がいる。
固有魔法、とでも言おうか?
生まれながらに行使できる、個人が有する魔法。それがたとえ数十年の修行が必要な魔術でも、何十人もの魔術師が協力してやっと行使できる大規模魔法でも、稟質魔法であれば簡単に実行することができた。
その能力も様々。
人としての器を超えた鑑定眼を持つ者もいるし、魅了の魔術を常時展開している者もいる。あるいは洗脳系や攻撃系の稟質魔法も確認されている。
そして。
この国の王太子・クルードも稟質魔法を有していた。
その力とは――読心術。
彼は人を視るだけで何を考えているか読み取ることができたのだ。
無論、強大であるし危険な力であるからこそ、クルードも稟質魔法を有していると公言したことはない。正式な検査を受けたこともなく、もしかしたら稟質魔法とはまた別の力である可能性もある。
それはともかく。
誰にも話していないとはいえ、それでも付き合いの長い人間は違和感を覚えていることだろう。『察しがいい』の一言で片付けるには鋭すぎるのがクルードという人間だったのだから。
そう。違和感を覚えているはずだ。
……シャーロットを除いては。
貴族学園での三年間。卒業後の二年間。五年もの間それなりの付き合いがあったというのに……シャーロットは、クルードの力にまるで気づく様子がない。「鋭いわねー」とは思うくせに、それ以上疑うことがないのだ。
――面白い女だ。
いったいどんな教育を受ければあれほど鈍くなるのかとクルードは呆れるやら感心するやら。
……いや、教育は受けていないのか。父親の再婚後は別邸に押し込まれ、別邸に残された本を読んで自分で勉強したというのだから。
とはいえ、本を読んだだけであれだけ優秀にはならないだろう。高位貴族ばかりが在籍していた学園の生徒会で、伯爵令嬢でしかなく、何の後ろ盾もなかったシャーロットが役員に選ばれたのは……あの優秀さがあったからこそ。
おそらくは『前世』での経験と知識がシャーロットの優秀さに繋がっているのだろう。
心を読めるクルードであるからこそシャーロットの実家での扱いや『前世』について知ることができたが、そうでなければシャーロットの父であるライナ伯爵の教育が良かったのだろうと勘違いしていたはずだ。
まぁ、かつての生徒会役員で、もはやライナ伯爵のことを評価している人間などいないはずだが。
(そういえば、シャーロットは実家を追放されて平民になるかもしれないと言っていたな)
帰りの馬車に揺られながら、ふとそんなことを思い出すクルード。正確に言えばシャーロットは口にしておらず、彼が勝手に心を読んだだけなのだが。
(余計なことをしないよう釘を刺しておくか……。いいや、余計なことをしてくれた方が都合がいいか?)
腹黒い笑みを浮かべながら、無意識のうちに謀略を組み上げるクルードであった。




