猫
このあとも予定が詰まっているとのことで殿下はお帰りになった。
何も買わずに。
何も買わずに。
何も買わずに。
王子様なのだから「この店の花をすべていただこうか」くらいしてくれてもいいのに。お金持っているのだから散財してくれてもいいのに。生徒会時代に散々仕事を押しつけてきたのだからそれくらいしてくれてもいいのに。まったく気の利かない殿下である。
まぁ、殿下が強引グマイウェイなのは昔からなのでそれはいいとして。
私とアルバート様がお別れしたことを確認したのだから、もうやって来ることもないでしょう。あとは若い二人で頑張ってください。
いや私も一応同い年なんだけどね。若いんだけどね。前世の記憶がある分ちょっとスレているというか大人びているというか。
おっと、今は店内のレイアウトだ。殿下襲来のせいで忘れそうになってたわ。
木箱を奥に入れることはできなさそうなので、まずは中身の茶葉を取りだし、作業場の棚に並べていく。この棚も本来ならアレンジメント用の器を保管しておくものなのだけど、まだ器も買いそろえていないしね。とりあえずはここに置いておけばいいでしょう。
あとは空になった木箱の処理をどうするか。釘抜きでも買ってきてバラすしかないかしら。でも釘抜きなんてどこに売っているんだろう? この世界にホームセンターなんてものはないし。
鍛冶屋に頼めば作ってくれるかな? いやでも木箱を三つバラすためだけに注文するのもなぁ……。受注だと高そうだし……。ああ! 鍛冶屋と言えば! セバスさんに公爵家御用達の鍛冶屋を紹介してもらうの忘れてた! ハサミやナイフを作ってもらおうと思っていたのに!
「……なんかもうダメダメだぁ」
肩を落とす私だけど、ま、しょうがない。いきなり何でも完璧にできるわけじゃないのだから、ゆっくりやっていけばいいのだ。
「よし! とりあえずは街に行きましょうか!」
街を歩いていれば鍛冶屋さんが見つかるかもしれないし、アレンジに使う器も購入したい。あとはこの街で暮らすのだから食料品や日用品を購入できる店も探さないと。
やることはいっぱい。落ち込んでいる暇はない。というわけで私は財布を片手にお店を出ようとして――
『――にゃあ』
そんな鳴き声が聞こえた。




