第95話 ドローン
「もちろん俺も応援しているぞ……というか、もう少し時給を上げるべきだと思うんだが」
"いやいや! ヒゲダルマにはめちゃくちゃ世話になって、そもそもお金なんか受け取れる立場じゃないんだからな! @月面騎士"
"月面騎士が気にするのは分かるが、それとこれとは別の話でいいだろ。 @ケチャラー"
"うむ。正当な労働には正当な対価が支払われるべきだ。ぶっちゃけ残業代の出ない会社はすべて滅べばいいと思っている。 @†通りすがりのキャンパー†"
"ヒゲダルマが現金を持っていても使い道がないだろうし、もらうべきものはもらうべきだ。 @ケチャラー"
"それに一本の動画を編集するのにかなりの時間が掛かるのは聞いたからね。 @ルートビア"
そもそもの話が、月面騎士さんが今回の件で少しでもお礼をしたいから、俺のライブ配信の動画を編集させてほしいというのが事の始まりだった。
お世話になった人へ恩を返したいという気持ちは、これまでここにいるリスナーさんたちから散々お世話になってきた俺にも十分過ぎるほど分かっているから、快くお願いした。
俺も今回の件や瑠奈や華奈の件で、一般配信のリスナーさんの影響力も大事ということは分かったし、チャンネル登録者数を増やせるなら増やした方がいいと思っていたしな。まあ、今回の件については結果的に那月さんたち金色の黄昏団に助けられたわけだが。
しかし、実際に調べてみたら動画編集にはかなりの時間と労力が必要であることが分かった。そのため、その対価として動画を編集した分の時給を支払うことを条件とした。
月面騎士さんは報酬はいらないと譲らなかったが、俺も報酬を受け取ってもらうことだけは譲らなかった。ルートビアさんやキャンパーさんの言う通り時間の掛かる正当な労働には正当な対価が支払われるべきだし、ケチャラーさんの言う通りダンジョンの中で暮らしている俺が現金をたくさん持っていてもあまり意味がないからな。
「そうですね、私ももう少し上げても良いかと思いますよ。あの動画の出来栄えでしたら、一般的な動画編集者さんと同じくらいの対価をもらっても良い気がします」
「やっぱりみんなもそう思うよな。せめて普通の動画編集者と同じくらいはもらって然りだ」
最終的にはリスナーのみんなが調べてくれた動画編集者がもらう最低賃金を支払うことで落ち着いたわけだが、月面騎士さんの技術を考えればもっともらうべきだと思う。
"華奈ちゃんまで……そこまでは本当にいいから! 俺も就活している最中に動画編集の勉強ができる上に時給までもらえて本当に助かっているんだよ。はい、この話はここまで! @月面騎士"
月面騎士さんが俺にすごく恩を感じている気持ちは分かるんだが、実際には俺もこれまでに月面騎士さんや他のリスナーさんたちにたくさん助けてもらっているんだよな。
とりあえず動画編集を始めてからまだすぐだし、もう少ししたら改めて話すか。それに月面騎士さんの仕事が決まったら、今みたいなペースで編集した動画を上げてもらうのは難しくなるだろうからな。
"それよりもヒゲダルマ。お金に余裕があるなら、ドローンを変えた方がいいと思うぞ。動画編集していて思ったけれど、このドローンはかなり旧式のやつじゃないか? @月面騎士"
"確か1年くらい前、モンスターにやられて壊れたから新しいのに変えたんだっけ? @WAKABA"
"そうそう! あの時はいきなりドローンからの映像が途切れて、だいぶ心配したっけな。 @たんたんタヌキの金"
"いや、そもそもドローンがモンスターにぶっ壊されることってほぼないんじゃなかったっけ…… @ルートビア"
「そういえば確か1年くらい前だったか。でもまだ十分に使えると思うぞ」
そう言いながら、現在進行形で宙を飛び、俺や2人を撮っている丸いドローンを見てみる。
15センチメートルほどのこの丸くて小さなドローンは見た目に反してかなり頑丈にできているらしい。とはいえ、さすがに深い階層のモンスターの攻撃には耐えられないことがあり、しばしば壊れてしまうのだ。
そのたびに新しいドローンへ変更してきたが、最近はその辺りも慣れてきて、ダンジョンを本格的に攻略することがなくなったから1年くらいはもっていた。だけどまだ壊れていないし、十分に使えると思うのだが……
「えっ、ヒゲさん、そんなに変えてないの!?」
1年変えていないという話をすると、瑠奈が驚いたようにそう言う。
「最近ではダンジョン配信を行う探索者もさらに増えてきたので、撮影用のドローンの技術もたった1年で大幅に進化しているんですよ」
「そうなのか……」
俺は知らなかったが、どうやらダンジョン配信をするためのドローンの技術もだいぶ進歩していたらしい。
"最近の技術進歩は早いからな。最近のドローンは映像が綺麗だし、ブレを抑制する機能が桁違いに上がったから、ドローンを変えるとかなり映像は良くなると思うぞ。 @月面騎士"
「なるほど。いい機会だし、せっかくなら新しいドローンに変えてみるか。他にもあった方がいい機材なんかがあったら教えてくれ」
"了解、調べておく! @月面騎士"
ちなみに動画編集に必要なソフトや機材なんかはお金は払ってすべて月面騎士さんに買ってきてもらっている。俺はその辺りのことはさっぱりだからな。
まあ、配信用のドローンなら夜桜に言えば――
「……あっ、やべ!」
思わず声が出てしまった。
そういえば横浜ダンジョンへ行く前、店が閉まっていたところをシャッターを叩いて無理やり店を開けさせた挙句、急いでいたから店の商品をツケで買ったままだったんだっけ……




