第91話 到達階層
「うわっ、なにこれうますぎ! 肉汁の量が半端じゃないよ!」
「脂がとても乗っているのに少しもくどくはなく、舌の上で溶けていきます。そして筋などもなく噛みしめると肉の旨みが溢れてきますね!」
「……ふん、なかなかうめえじゃねえか」
「気に入ってもらえたようで良かったよ。他にも野菜や魚やイカなんかもあるからどんどん食べてくれ」
うん、どうやら3人とも楽しんでもらえるようだ。やはり人数が多い時はバーベキューに限る。大人数だとそれぞれの好みもあるから、自分で好きな食材を焼いてもらって好きな味付けをして食べてもらえるのがいい。
まあ、俺みたいに好き嫌いがなければ肉も野菜も魚も全部楽しめるからな。
「こっちの野菜もおいしいな。やっぱりバーベキューはタレが一番だよ!」
「零士は分かってねえな。野菜や肉本来の味を楽しむには塩コショウを少しだけかけるのが一番だぜ」
「あっ、大和さんもそうなんだね。僕もバーベキューをする時はあんまりタレはかけない派なんだ」
「……そっ、そうかよ」
瑠奈が大和さんに話しかけると少し顔を赤くしながらそっぽを向いてしまった。
う~ん、やっぱり大和さんは女性に免疫があまりなさそうだ。瑠奈は結構ぐいぐい行くタイプだから相性が悪いのかな? いや、むしろいいのか?
とりあえず俺が育てた野菜を褒められて嬉しい。さすがにダンジョンに住んでいて、セーフゾーンで野菜を育てているとは言えないから、聞かれたら店で買ってきた野菜と答えるつもりである。
「しかし、どの肉も本当に美味しいですね。これほどの肉は今まで食べたことがないかもしれません。それにイレギュラーモンスターの肉は一度しか食べたことはないです」
「那月さんもイレギュラーモンスターを倒したことがあるんですね。私たちはとても歯が立たなくて……」
「私たちの時は攻略していた階層よりも10階層も下の階層で発生したイレギュラーモンスターの討伐依頼を受けただけですからね。攻略している階層でイレギュラーモンスターが現れたら、間違いなく逃げ出していましたよ」
確かにこのベヒーモスのイレギュラーモンスターは2人を襲っていたやつだったか。どうやら那月さんたちもイレギュラーモンスターを討伐した経験があったようだ。
なんだかこれまでにいろいろあり過ぎて、だいぶ昔に感じるぞ。この肉に関してはもうだいぶ消費してきたから、こういった特別な時じゃないと食べないつもりだ。
他の肉はともかく、イレギュラーモンスターというものはそう簡単に出現するものではないからな。なおかつ、元々うまいモンスターの変異種なんて、それこそ俺でもほとんど出会ったことがない。
「こちらの海鮮もとてもおいしいですね!」
「ヒゲさん、これって前にもらったクラーケンとサーペントだったりする?」
「ああ、この前食べてもらったやつの残りだぞ」
「確か大宮ダンジョンの60階層以上の湖で釣ってきた食材だと言っていましたよね……」
「ごほっ、ごほっ!」
華奈の言葉に零士さんがせき込む。よほど驚いたみたいだな。
「……クラーケンって僕たちもまだ見たことないモンスターだよ。クラーケンの食材が市場に出回ることなんてないんじゃない?」
「それにサーペントというモンスターは初めて知りましたね」
「ああ。こっちのやつはモンスターwikiに名前がなかったから、勝手にこっちで名前を付けたやつだ。正式名称は違う名前になるかもしれないな」
「モンスターwikiに載ってねえとか、とんでもねえな……」
金色の黄昏団の3人にまで呆れられてしまった。そもそもモンスターwikiに載っていないモンスターなんてほぼいないからな。日本では新しいモンスターを発見して、ダンジョン協会に報告しただけでも報酬が出る。
もちろん戦闘の動画や弱点なんかまで提供すれば、結構な報酬になるのだ。俺は手続きなどが面倒だしダンジョンの外と関わる気がなかったから報告していなかった。
「……つかぬことをお窺いますが、ヒゲダルマさんのダンジョンでの攻略はどこまで進んでいるのでしょうか? もちろん言いたくなければ言わなくても大丈夫です」
「ああ、大宮ダンジョンしか攻略をしたことはないが、90階層のボス部屋まではたどり着いたぞ」
「げほっ、ごほっ!」
今度は大和さんまでせき込んでいる。
今まで限定配信のリスナーさんしか知らなかったことで、華奈と瑠奈にも教えていなかったことだが、これほどお世話になった恩人の質問になら答えても問題ないだろう。
華奈と瑠奈との付き合いも長くなったことだし、2人も気になっていたらしいからちょうど良いタイミングだったかもしれない。
「そ、それは……すみません、正直に言って少しだけ信じられない自分がいます。90階層ですか……ダンジョンがこの世界に現れてから何十年も経ちましたが、そこまで攻略を進めた人はいないかもしれません……」
那月さんが信じられないのも当然だ。むしろそこで素直に信じられる人はなかなかいないと思うぞ。




