第83話 効果切れ
「本当に月面騎士さんのお母さんが元気になってよかったよ」
「そうね、本当に良かったわ」
「2人とも協力してくれてありがとうな」
「だからヒゲさん、何度も言っているけれど、僕たちも月面騎士さんに命を助けてもらっているんだから当然だよ!」
「ええ、私たちも月面騎士さんに命を救われましたからね。協力するのは当たり前です!」
「……そうだな。本当に間に合って良かったよ」
今回は時間との勝負だった。2人が20階層までサポートをしてくれて、40階層までのマップ情報を入手してくれなければ、すでに金色の黄昏団の3人はボスモンスターへと挑んでしまい、天使の涙を手に入れることができなかったに違いない。
月面騎士さんの母親を救えたのは本当にみんなのおかげだ。俺ひとりでは救うことができなかったと断言できる。本当にみんなには感謝しかないな。
「横浜ダンジョンには大宮ダンジョンに現れないうまそうなモンスターが結構いたな。せっかくだから、大宮へ戻る前にいろいろと狩ってから……っ!?」
突然強烈な眠気が襲ってきて視界が歪み、その場に片膝をついてしまった。
「ヒゲさん!?」
「ヒゲダルマさん!」
なんだこれ……
やべっ! そういえば天使の涙を入手したことに安堵して、ハツラツ薬を飲むのを忘れてた!
急いでハツラツ薬を飲まないと! 駄目だ……眠気が……
約3日分の睡魔が一気に俺を襲い、俺はそのまま意識を失った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「んん……ここはどこだ……?」
目を開けるとそこには知らない天井があった。まだ頭がボーっとしていて意識がはっきりとしていない。
なんで俺はこんな見知らぬ場所にいるんだろう……?
「うおっ!?」
俺はベッドから飛び起きた。それもそのはず。目を開けたら見知らぬ天井があり、そのまま横を向くと、隣のベッドとはいえそこには華奈の寝顔があったからだ。
「うう~ん……あっ、ヒゲダルマさん! よかった、目が覚めたんですね!」
「んん……ヒゲさん!」
「………………」
隣のベッドで目を覚ました華奈と瑠奈が身体を半分起こしている。しかも2人は可愛らしいパジャマ姿だった。
いったいどんな状況だよ、これ……
「ヒゲさん、良かった! ずっと目を覚まさないから心配したんだよ!」
「ちょっと、瑠奈!?」
「………………」
目が覚めた瑠奈がいきなり俺に抱き着いてきた。
……なんだこれ、頭もボーっとしているし、俺はまだ夢でも見ているのだろうか?
いや、絶対にこれは夢じゃない!
いつもは装備越しでそれほど分からなかったが、薄いパジャマ越しに伝わってくる女性特有のこの柔らかさが夢じゃないことは断言できる!
さすがにこのままでは俺も危ないので、無理やり瑠奈を引き離した。
「すまん、まったく覚えていないんだが、いったいどんな状況だったんだっけ……?」
瑠奈にパジャマ姿で抱き着かれたことにより一気に目が覚めたが、まだ頭はうまく働かず、状況がまったく分かっていない。
「天使の涙によって月面騎士さんのお母さんを治療して、病院を出たところでヒゲダルマさんが突然寝てしまったんです。おそらくマジックアイテムの効果が切れたからでしょう」
「……そういえばそうだったな。天使の涙が手に入ってホッとしたことで、それまでの緊張の糸が切れてハツラツ薬を飲むのを忘れてしまったのか。そうだ、あれからどれくらい寝ていた!? 月面騎士さんの母親はどうなった!?」
俺はあれからどれだけ寝てしまっていたんだ! それに月面騎士さんの母親は完全に治ったのか!?
「落ち着いて、ヒゲさん! ヒゲさんが寝ちゃってから、4日が過ぎたところだね。月面騎士さんのお母さんは順調に回復していって、明日か明後日にはもう退院できるって言ってたよ」
「そうか、本当によかった」
どうやら一番心配していた月面騎士さんの母親は順調に回復してくれたようだ。……もしも体調が悪くなったとして何もできないのは分かっているが、それでもあんなところで気を抜いてしまうなんてとんでもない失態だな。
いくらずっと起き続けていて、集中力が切れてまともな思考力がなかったとはいえ気を抜き過ぎたな。ダンジョンの中で効果が切れていたら間違いなく死んでいたところだった。
「……それで、いったいここはどこなんだ?」
「僕たちが住んでいるマンションだよ」
「………………」
高級そうで広くて天井も高い一室、そしてふかふかの柔らかなベッドと豪華そうな家具。どこかのホテルの一室かと思ったのだが、まさか2人が住んでいるマンションとはな……
「す、すみません! あの時突然ヒゲダルマさんが道端で眠ってしまって……すぐにタクシーを呼んでどこかのホテルへ運ぼうと思ったのですが、熟睡してしまった男性を抱えながら、ホテルへ入るのはさすがにまずいと思いました」
「確かにそれは犯罪の匂いがするな……」
熟睡した男をホテルに女性2人が運びこむのはいろいろと怪しい気もする。ただでさえ2人は有名な配信者だし、そんなことがバレたらいろいろとまずいだろう。
「病院も考えたんだけれど、僕たちヒゲさんの名前や住所なんかも知らないし……」
「ああ、それは本当に助かったぞ」
今の俺はダンジョンに暮らして住所不定の男だから、病院に運ばれたりしたら下手をすれば警察を呼ばれていた可能性なんかもゼロではない。そもそも俺は保険証も持っていないから、面倒になることは必至だ。
「私たちのマンションがそれほど遠くはなかったので、タクシーでここまで送ってもらって、私たちのお部屋まで瑠奈と一緒にヒゲダルマさんを運びました」
「………………」
確かにそう考えるとその時の状況だったらベストな選択だったのかもしれない。




