第82話 治療
「ヒゲダルマ、こっちだ!」
「ああ!」
金色の黄昏団の3人と別れてから、急いで変装をして横浜ダンジョンをあとにした。今の俺は無駄に目立っている上にライブ配信をしていたから、横浜ダンジョンにいることはバレているからな。
ダンジョンには有名な配信者が大勢いるので、ダンジョン入り口もその辺りは配慮されており、出口は4つほどに分かれていて出待ちなんかも禁止されている。
すぐにビルを出てタクシーに乗って月面騎士さんの母親が入院している病院へと向かってもらった。
タクシーの中で限定配信グループの連絡先にとある探索者から天使の涙を譲ってもらったことを伝えたことにより、病院の前に到着すると月面騎士さんが待っていてくれた。
「母親は大丈夫か!」
「ああ、体調は少し悪くなってきているけれど、まだ大丈夫だ。ヒゲダルマ、本当にありがとう!」
「礼はいいから早く母親のところへ案内してくれ」
「分かった。こっちだ!」
月面騎士さんの案内で病院内へ入り、母親のいる病室へと案内された。母親の口元には管のようなものが繋がっており、呼吸を補助しているらしい。
ルーノアム病は自律神経に異常が発生して、肺や心臓といった呼吸や全身に血液を送る機能が阻害されるようで、このまま病状が悪化すれば喉を切って直接呼吸する管を繋げ、胸を切って全身に血液を送る医療装置を繋げて生命を維持しなければならないところだった。
時間的にもかなりギリギリだったらしい。
「頼む、頼む頼む!」
月面騎士さんが祈る中、俺が渡した天使の涙を医者が月面騎士さんの母親の口元に繋がった管から経口摂取させていく。
「むっ!」
「……っ!?」
月面騎士さんの母親を見てくれていたお医者さんが反応を示したことにより、この場に緊張が走った。
「ここ……は……?」
「母ちゃん!」
呼吸補助の管が繋がった口元からこもった声が聞こえる。そしてその声を聞いた月面騎士さんは母親が寝ているベッドへ縋りついた。
良かった、どうやら天使の涙が効いてくれて、意識を取り戻してくれたみたいだ。
「信じられない! あんな状況から数値が正常に戻るなんて! これがダンジョンにあるというマジックアイテムの力なのか!」
……なんだ驚いただけかよ、紛らわしい!
天使の涙が効かなかったり、症状が悪化したのかと思ってしまったじゃないか!
50代くらいの男性の医師が月面騎士さんの母親に繋がれたなんらかの計測器のデータを見ながら大きな声をあげた。そして目を開けた母親の意識を確かめたり、手を挙げさせたりして反応を確かめている。
「……呼吸も正常に戻っていて、意識レベルも正常に戻ってきている。うん、もう危険な状態を脱したと言ってもいいでしょう」
「先生! 本当にありがとうございます!」
月面騎士さんが泣きながら何度も担当のお医者さんに頭を下げる。
「いや、私たちはあなたの母親に対して病状をできる限り抑えることだけしかできませんでした。患者を救うことができたのはこちらの方が持ってきてくれたそのマジックアイテムのおかげです。私たちからもお礼を言わせてください。本当にありがとうございました!」
この場にいたお医者さんや看護師さんたちに頭を下げられた。
「こちらこそ、この方を助けてくれてありがとうございました! 月面……彼から母親がルーノアム病ということをすぐに見抜いて適切な処置をしてくれたと聞いています。本当に感謝しています!」
俺もお医者さんや看護師さんたちに頭を下げた。リスナーのみんなが調べてくれた情報によると、ルーノアム病は病状の進行がとても早く、ルーノアム病だと診断される前に患者さんが亡くなってしまうことも少なくないようだ。
ここまで月面騎士さんの母親を助けてくれたのは間違いなくこの病院の医者と看護師さんたちだ。
「ヒゲダルマ、本当にありがとう! この恩は一生忘れない!」
月面騎士さんも泣きながら俺に向かって何度も頭を下げる。
「俺だって何度も助けてもらっているからお互い様だ。それに……友達なんだから当然だろ!」
それから月面騎士さんの母親は精密な検査を受けた。検査の結果、病状がすべて治っていることが確認されたが、倒れてからしばらくの間意識を失っていたこともあり、体力が落ちて栄養を取る必要があるため、そのまましばらく入院することになるらしい。
精密な検査を受けている間に、横浜ダンジョンのホテルに泊まっていた華奈と瑠奈も来てくれ、検査の結果を聞いてほっとしていた。
精密な検査結果を聞いたあと、すぐに限定配信グループにその結果を伝えてリスナーさんたちに安心してもらい、天使の涙を譲ってもらった金色の黄昏団の人たちへおかげさまで病状が治ったことを伝えた。彼らには改めてちゃんとお礼を伝えないといけないな。
一般配信の方にも、とある探索者から天使の涙を譲ってもらったことにより横浜ダンジョンでの探索を終えたとすでに告知をしてある。
月面騎士さんは病院に来てくれた華奈と瑠奈にも何度もお礼を伝えていたが、2人も月面騎士さんへ虹野の時に助けてくれてありがとうと何度もお礼を伝えていた。……お互いに何度もお礼を伝えあっているのを見て、なんだか少しだけ笑ってしまいそうになったのは秘密だ。
そして月面騎士さんと別れて、華奈と瑠奈と一緒に病院をあとにした。




