第81話 お礼
「那月さん!」
「ああ、ヒゲダルマさん」
ボスモンスターのゲートから50階層スタートのゲートまで戻るよりも、ボスモンスターを倒した方が早いという判断で、最速でデュラハンを倒して51階層へ進み、那月さんたちが待っているという50階層のゲートまで急いで移動してきた。
当然ながら、今回のボスモンスター討伐による宝箱の中身も天使の涙ではなかった。那月さんたちはメディアに出るのはあまり好まないということで、すでに配信は切ってある。
「天使の涙が出たんですか!」
「はい、こちらになります」
俺が詰め寄るように那月さんの下へ走ると、那月さんは俺に向かって天使の羽のようなデザインをした半透明の容器を両手で差し出してきた。
「……間違いない! 天使の涙だ!」
画像で見たこの独特のデザインをした容器――間違いない、俺は何度もこれをイメージしながら宝箱を開けたんだ!
「41~49階層の間で宝箱を探していまして、4つ目でこれが出ました。本当に運が良かったですよ」
俺がボスモンスターを100回以上周回しても出なかったのに、まさかボスモンスターの報酬よりも確率の低いはずの階層の宝箱から出るとは……
「那月さん、天使の涙を譲ってほしい! これはボスモンスターを100回以上周回して手に入れたマジックアイテムのすべてだ。これでも足りなければあとで他のマジックアイテムも付ける!」
今回の横浜ダンジョンで手に入れたマジックアイテムはいつものマジックポーチとは別の空のマジックポーチへ入れてきた。天使の涙が出たら、いろいろと新しいマジックアイテムなどを検証するつもりだったが、今はこれらのマジックアイテムよりも天使の涙だ!
「100回、マジ!? とんでもない速さだね!」
「本当かよ……」
「す、すごいですね……」
3人とも半信半疑だ。いやまあ、いきなりそんなことを言っても普通は信じられないよな。
「とりあえず、ハイポーションなんかも5~6本は入っているはずだ」
一番わかりやすく価値があるハイポーションをマジックポーチから取り出して地面に置く。これだけでも相当な価値があることは探索者ならすぐに分かるはずだ。
この人たちは有名な探索者らしいし、俺を騙すつもりなんてないだろう。今は交渉している時間も勿体ない! もしかしたら、今この瞬間に月面騎士さんの母親の容体が急変する可能性もある。
「……うわお! やばっ!」
「承知しました。元々そのつもりだったので、こちらの天使の涙はお渡ししますからどうぞお持ちください。ですがお礼はこちらのハイポーションで十分ですよ。今の私たちにはこのマジックアイテムは必要ありませんし、こちらのハイポーションの方が貴重ですから。私たちが声を掛けてお願いをした探索者の皆さんのお礼も含めてこちらで大丈夫です」
そう言いながら那月さんは俺に天使の涙を手渡してくれた。
そうだ、それもあったんだ。那月さんたちがこの辺りの階層を探索している知り合いの探索者たちにも声を掛けてくれたおかげで、50階層の探索もスムーズだったし、他にボスモンスターへ挑む人もいなかった。
今回はたまたま那月さんたちが天使の涙を宝箱から手に入れたが、那月さんたちが声を掛けてくれた他の探索者の人たちも宝箱から出てくる可能性もあった。
「……本当にありがとう! この恩は決して忘れない!」
「お礼なら大和へ言ってやってください。こいつ、人の命が懸かっていると聞いてものすごく張り切ってましたから」
「んなっ!? おい、バカ蒼!」
焦ったような表情で那月さんに詰め寄る大和さん。もしかしたら、那月さんにそのことを俺へ言わないように言っていたのかもしれない。
「大和さん、本当にありがとう! 零士さんも本当に感謝する」
「気にしないでいいよ。僕たちも運が良かっただけだからね。それにこんなにハイポーションが手に入ったんだから、むしろ僕たちの方がラッキーだよ」
「……けっ、いいからさっさと行けよ。チンタラしていて間に合わなくなったらどうすんだよ、ボケが!」
小柄な零士さんはニコニコしながら俺に手を振ってくれた。ドレッドヘアの大柄な大和さんはそっぽを向きながら悪態をついているが、俺や天使の涙を必要としている月面騎士さんの母親のことを想って言っていることはもう分かっている。
「本当にありがとう、また必ず連絡する! そのマジックポーチの中に入っているマジックアイテムは協力してくれた人たちと分けてくれ!」
「あっ、ヒゲダルマさん!」
「あっ、ちょっと!」
「おいこら!」
那月さんから受け取った天使の涙をマジックポーチにしっかりと入れ、このダンジョンで手に入れたマジックアイテムを入れたマジックポーチをこの場に残したままゲートを通った。
あとで3人には改めてお礼を伝えなければならない。だけど今は月面騎士さんの母親がいる病院へと急ごう!




