第80話 終わらない周回
「……うおっ!?」
迫りくるデュラハンの巨大な剣による斬撃をギリギリのところでかわす。
「くっそおおお!」
「……ガア!」
敵の攻撃をかわしつつ、切り返しの攻撃が来る前に無理やりデュラハンへと迫り、一番の弱点である左腕に抱えた頭の鎧の隙間へ白牙一文字の全力で突き刺す。
そしてデュラハンは頭とロングソードを落とし、前のめりに倒れていった。
「……ふう~ちょっと危なかったな」
これまでと同じようにデュラハンを倒したら、少し離れて宝箱と転移ゲートが出現するまでの間にマジックポーチから飲み物を出して水分補給をしながら、腕輪を操作してコメントを開く。
"今のはかなり危なかったんじゃないのか!?"
"というか、さすがにそろそろ休憩しないとヤバくないか? いくら眠くなくならないマジックアイテムを使っているとはいえ、明らかに集中力を欠いているぞ……"
"あっぶねえ~いくら超人的なヒゲダルマさんでもここまでにしといたほうがいいんじゃないの? マジでそろそろ事故動画になりそう……"
"もういい加減にやめとけって! あんたの頑張りはもう十分見せてもらったよ。俺も耐久視聴しようと頑張ったけれど、30時間くらいで限界だったわwww"
"そろそろ休んだほうがいいって! ヒゲダー、あなた疲れてるのよ!"
「……いや、大丈夫だ。ありがとう、少しだけ元気が出たよ」
頭をブンブンと振ってから両手で頬を叩いて気合を入れなおす。リスナーさんたちの俺を心配してくれるコメントで多少の元気は出た。
たまにアンチコメントで『人気稼ぎのためにご苦労さん』とか、『そこまでして人気や金が欲しいのか?』という酷いコメントも来るが、コメントの大半は俺を気遣ってくれる優しいコメントだった。
普段はアンチコメントなんて気にも留めない俺だったが、気の滅入っている今は結構ダメージが入る。そんな中にこういった温かいコメントは本当にありがたい。
「また、ハズレだ……」
ボスモンスターを倒したことによって出現した宝箱を開けてみたが、またしてもマジックアイテムの天使の涙ではなかった。
今回出たのはかなりレアなマジックアイテムだったらしく、コメント欄に新しいコメントが次々と書き込まれて盛り上がっているが、今の俺にとってはただのハズレアイテムだ。
続けていつもの限定配信の連絡グループを開く。
"ヒゲダルマ、寝なくてもいいから少し休んでくれ! このままじゃヒゲダルマの身体が危険だ! @月面騎士"
"さっきから何度か敵の攻撃を受けることもあったぞ。やっぱり体力や眠気は大丈夫でも精神的には相当疲れているって! @たんたんタヌキの金"
"寝たら当分起きられなくなるから寝られないのは分かるが、それでも多少は休憩をした方がいい。明らかに集中力を欠いてきているぞ。 @†通りすがりのキャンパー†"
"ヒゲさん、少しでいいから休んだ方がいいよ! @瑠奈"
「……ありがとう、俺は大丈夫だ!」
どうやらみんなの方にも天使の涙を手に入れたという情報は入っていないらしい。先ほどから何度も俺を心配するコメントが書き込まれている。大丈夫、みんなのコメントを見たら、元気が出てきた。
「よし、次だ、次!」
転移ゲートを通って51階層へ移動し、再びゲートを通って50階層へと戻って来る。先ほどから何度も駆け抜けて覚えた50階層のボスモンスターのゲートがある場所まで急いで走っていく。
100回を超えたあたりから、もう何度目の周回かは数えていない。時間も横浜ダンジョンに入ってから60時間近くが過ぎているが、未だに天使の涙は出ていないし、天使の涙を持っているという人も現れない。
50階層のボスモンスターへのゲートまでの道のりとボスモンスター戦は極限まで効率化していき、今では1時間に4~5回のペースで周回できるようになっている。月面騎士さんは少し濁していたようだが、母親の体調も悪化し始めているようだし、時間がもう残り少ない。
今の俺には休憩するその少しの時間すらも惜しい。60階層を目指してから周回をしていれば今頃は天使の涙が出ていたかもしれないという後悔も少し出てきている。そんなのは結果論で、こちらの方が効率はいいはずなのだが、もしかしたらという気持ちは少しある。
やはり俺は運があまりないのかもしれない。レアらしいマジックアイテムもかなりかぶっているのだが、天使の涙だけがどうしても出てくれない。だが、泣き言なんて言っている暇はない。タイムリミットは迫ってきている。
「よし、ボスモンスターのゲートまで辿り着いた。……んっ?」
腕輪をちらりとみると通知のマークが出ていた。50階層へ移動してからボスモンスターを倒すまでは一般配信のコメントや通知機能をオフにしている。いくら俺でも危険なモンスターがいる中でコメントや通知を見ながら移動したり戦闘をしたりはできない。
……月面騎士さんの母親の容体が悪化したという悪いニュースか? それとも配信の連絡先に天使の涙を手に入れたという良いニュースだろうか?
「えっ!?」
しかし、俺に来ていた連絡はそのどちらでもない。
俺に来ていた連絡は何十時間か前に連絡先を教えたばかりの黄金の黄昏団の那月さんからだった。
そしてその内容は48階層の宝箱から天使の涙を手に入れたというものだった。




