第173話 弟
「ちなみに金色の黄昏団もガチで推しているダンジョン探索者グループのひとつね。普段は全然配信とかをしてくれないから、この前ヒゲダルマさんとコラボした時の配信は本当に神回だったわ! あまりにも尊すぎて、もう20回以上は繰り返し視聴したものよ!」
「そうだったのか。なんだ、言ってくれればよかったのに。コメントでも全然そんなことは言っていなかった気がするけれど」
「わかっていないわね、ヒゲダルマさん。真のファンは無暗やたらと騒いで、推しに迷惑を掛けるようなことはしないものなのよ」
「そ、そうなのか……」
よくわからないが、ファンでもあまり騒ぎすぎるものではないらしい。というか、真のファンとは一体なんなのだろう……
「金色の黄昏団の中でも男のツンデレを見せてくれる大和くんが特に私の最推しよ! 華奈ちゃんと瑠奈ちゃんみたいな可愛い女の子と話す時ぶっきらぼうになるシーンなんて、それだけでご飯3杯はいけるわね!」
「な、なるほど……」
さすがにそれでご飯は食べられないだろ!? 大和さんが男なのにツンデレとか言われているし!
いろいろとWAKABAさんに突っ込みたいところだが、あまりの熱量にまったく突っ込めない……
「あの、WAKABAさんはヒゲダルマのことも推しているんですか?」
なぜかタヌ金さんが俺のことを聞く。
とはいえ、俺も少し気になっていた。やはりあれだけ初期の方から応援してくれていたということは――
「ヒゲダルマさんのことは応援しているけれど、推しとはちょっと違うわね」
「………………」
……違うらしかった。面と向かって言われるとちょっとだけ悲しい。
「ヒゲダルマさんはヒゲを剃ったらすごくイケメンなんだけれど、昔のポンコツだった時代もよく知っているからねえ~。タヌ金ちゃんも知っていると思うけれど、最初の頃は本当に酷かったよ。がむしゃらにモンスターを倒していたから、身体能力は当時でもかなり強くなっていたけれど、ダンジョンのことをなにも知らなかったからね」
「そうですね。毎日配信を見ていてヒヤヒヤしていました」
「そうそう。タヌ金ちゃんが配信を見始めた頃よりも昔はそれよりも酷かったのよ。ダンジョンで採れる明らかに禍々しい色の毒キノコを調理しようとした時はキャンパーさんと一緒に全力で止めたりもしたわね」
「あはは、ヒゲダルマらしいですね!」
「………………」
昔の俺の配信のことで盛り上がる2人。当時のことは忘れたくもあるんだよなあ。
今ではダンジョンのことならだいぶ詳しくなったが、配信を始めた頃はダンジョンのことについて、配信を見てくれているリスナーさんたちの方が詳しいくらいだったからな。
「ヒゲダルマさんのことは昔から応援しているけれど、どちらかというと放っておけない弟を見る目線に近いかなあ。ようやくがむしゃらにダンジョン攻略するのを止めて、のんびりと過ごすようになってくれて、お姉さんは安心したよ」
「あの頃は本当にお世話になったよ」
冗談めいてお姉さんと言うWAKABAさんに改めて頭を下げる。
本当に当時はWAKABAさんやキャンパーさんたちにお世話になったものだ。
「私も配信を見て楽しませてもらったからお互い様よ。いえ、楽しむというよりもハラハラするサスペンス映画を見ている感じだった気もするけれど……」
「わかります! 強いモンスターと戦ってワクワクもするけれど、見ていて心臓に悪いんですよね!」
「………………」
リスナーさんたちをそこまで心配にさせてしまう配信とは、本当に反省すべきだったな。
「おっと、話がそれちゃったわね。それじゃあタヌ金ちゃんの友達のご家族への説明の仕方を一緒に考えましょう」
「はい、ありがとうございます!」
「ああ、了解だ」
話がWAKABAさんの推しの話になってしまったが、本題はタヌ金さんの友人のご家族の話だ。
部外者である俺たちがどう説明すればご家族や医者が納得して天使の涙を試せるかを話し合う。幸いWAKABAさんは静岡県に住んでいるそうなので、新幹線を使えば1時間ちょっとで東京まで来ることが可能らしい。ライブとかでもよくこっちの方まで来ているようだ。
すずさんの家族に会うのは明日にする予定だ。それまでにいろいろと打ち合わせをしておこう。
「WAKABAさん、今日は本当にありがとうございました!」
「うん、困った時はお互い様だから気にしないでいいわよ、それじゃあ、また明日」
「はい! よろしくお願いします!」
WAKABAさんと一緒にタヌ金さんを駅まで見送る。
WAKABAさんは東京の方でホテルを取っていて、今日はそこに泊まるようだ。
「……さて、それじゃあさっきのカラオケ店へ戻りましょうか」
「ああ、了解だ」
そして俺は事前にWAKABAさんから連絡があった通り、今度はWAKABAさんと2人でさっきのお店に戻る。
タヌ金さんには内緒でWAKABAさんが例の薬について別の話があるとのことだった。