第172話 責任
「……なるほど、それで男のフリをしていたのね」
すずさんのことを話す前に、前回の俺の時と一緒でまずはタヌ金さんがどうしてこのハンドルネームにしたのかも話した。タヌ金さんが女性であると思っていたWAKABAさんでもさすがにその理由まではわからなかったようだ。
「あの、ずっと嘘を吐いていてすみません!」
「気にする必要なんてないわよ。ネットの世界では反対の性別を名乗っている人なんて山ほどいるし、誰かを害さないなら自由よ」
どうやらWAKABAさんもタヌ金さんが実は女性だったからといって、特に気にすることはないみたいだ。
俺と同じで、誰かを騙したりお金を巻き上げたりするような目的でもない限り、性別を偽ることは問題ないと思っているようだ。
「私はてっきりヒゲダルマさんの配信を見て……いえ、これはなんでもないわ」
うん? さすがに今の話と俺の配信はつながらないと思うのだが。
まあ、WAKABAさんがなんでもないというのならそれでいいか。タヌ金さんのハンドルネームの由来は今回の件とはそこまで関係がない。
「事情はわかったわ。タヌ金ちゃんは高校生ということだし、ネットでの友人である私が一緒に同行して説明した方が良さそうね。まさか私の仕事がこんなことに役立つとは思わなかったわ」
「ああ、とても助かるよ。まさかWAKABAさんが医療関係の仕事をしていたとはな。本当に渡りに船だった」
「と言っても、研究職ではないけれどね。それでも製薬会社の肩書はそれなりに役立つと思うわ」
そう、今回WAKABAさんが手を貸してくれた理由はWAKABAさんが医療関係の会社に勤めているからだ。名刺も見せてもらったけれど、製薬会社の名前が入っているだけで、信用度は一気に跳ね上がる。
これなら天使の涙を試薬品としてすずさんの親や医者に渡すこともできるわけだ。厳密に言うと、会社の肩書を私的なことに使うのはいろいろとまずいのかもしれないが、悪いことをするわけではなく、人助けのためだからな。
「あの、本当にありがとうございます!」
「いいのよ、困った時はお互い様だからね。私も回復系のマジックアイテムが病状を悪化させるようなことはさすがにないと思っているわ。……でもそうね、もしも仕事をクビになったら、ヒゲダルマさんには責任を取ってもらおうかしら?」
「えええっ!?」
タヌ金さんが大きな声を上げる。
確かにないとは思うが、万一病状が悪化でもしたらWAKABAさんの責任となってしまう可能性も決してゼロではない。当然ながら、その場合にはこの話をWAKABAさんにお願いした俺の責任になる。
「ああ、もちろん責任は取るぞ。たとえWAKABAさんが仕事をクビになったとしても、一生働かずに豪遊できるほどのお金を慰謝料として渡すことは約束するよ」
「……責任ってそっちのことかあ。びっくりしたあ」
「ヒゲダルマさんもタヌ金ちゃんも思った通りの反応で面白いわね。そこまでは大丈夫だけれど、次の仕事が見つかるまで少し支援してくれるとありがたいかなあ」
「もちろんだ。というよりもその件に関係なく、これまでのお礼として謝礼を渡そうと思っている」
普段使わないお金はこういう時に使うべきだ。WAKABAさんにはこれまでにお金では買えないほどのアドバイスをたくさんもらっている。
「今はお金に困ってないから、それは気持ちだけもらっておくよ。人にもよると思うけれど、私は推しの配信者には自分の稼いだお金でお布施したいからね」
「お布施?」
「そういえばヒゲダルマさんは投げ銭機能を使っていないもんね。華奈ちゃんや瑠奈ちゃんみたいに事務所に所属していない普通のダンジョン配信者はリスナーさんからお金を支援してもらっているんだよ」
そういえばダンジョン配信にはそういった機能もあったか。
俺はむしろお世話になったリスナーさんたちへお礼をしたいくらいだったから、その機能はオフに設定している。
「私は推しているダンジョン配信者やアイドル配信者の配信でお金を投げたり、ライブとかに参加したりして応援しているの。どんなに仕事が忙しくても推しの配信を見るだけで秒で回復するわね。今日も推しがこの世界に存在してくれるという事実だけで、私は生きていける。この前のトレジャークラリエンスのライブとか、本当に最高だったなあ! ダンダンチャンネルの周年ライブなんて本当に神っていたわ!」
「「………………」」
突然WAKABAさんがヒートアップして推しというものを熱く語る。
ダンジョン配信を見ているファンの中には熱狂的なファンがいることは知っていたが、WAKABAさんもそうなのかもしれない。