第171話 WAKABAさん
「……タヌ金さん、大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫!」
週末、俺は再びダンジョンの外へ出て、タヌ金さんと待ち合わせをした。休日ということもあって、タヌ金さんは制服ではなく私服である。今日の場所は前回の千葉県ではなく、東京だ。タヌ金さんには東京の方まで来てもらい、俺も大宮ダンジョンから電車で移動してきた。
というのも、今日はリスナーのWAKABAさんとリアルで会うからだ。リスナーのみんなに話をしたところ、WAKABAさんから俺やタヌ金さんの力になれるかもという提案があった。
詳しい話は直接会って話がしたいということで、先にタヌ金さんと待ち合わせをして、WAKABAさんが来るのを待っている。
タヌ金さんの様子を見ると、少し緊張しているらしい。タヌ金さんがリアルでは女の子ということをWAKABAさんへ初めて伝えることになるからだ。タヌ金さんは協力してくれるWAKABAさんには自分でちゃんと話したいということだった。
タヌ金さんと2人で駅から少しだけ離れた待ち合わせ場所で待っていると、ひとりの女性が近付いてきた。
「ヒゲダルマさんだね。初めまして、WAKABAです」
30代くらいのOLっぽい女性、彼女がWAKABAさんで間違いないようだな。
タヌ金さんがまさかの女の子だったこともあって、WAKABAさんも実は男性なんじゃないかとちょっとだけ疑っていたとはさすがに言えない。
「初めましてWAKABAさん。今までチャンネルを視聴してコメントをくれて本当にありがとう。おかげさまでなんとか生き延びてこられたよ。えっと、こっちのほうは……」
「は、初めまして! えっと、こんな格好なのですが、実は私が――」
「あなたがタヌ金ちゃんね。初めまして、WAKABAです。う~ん、高校生か大学生くらいかと思ったけれど、予想していたよりも少し若かったかな」
「えっ!?」
なぜかWAKABAさんはタヌ金さんが女性であることに対してはまったく驚いていないように見えた。
「……あ、あの、私が女だって気付いていたんですか?」
「ええ、結構前からそうじゃないかなって思っていたわ。うまく隠そうとしていたけれど、どことなく言葉遣いや話題が女性っぽかったからね。安心して、たぶんあの限定配信にいる鈍感な男どもはまったく気付いてないと思うから」
「………………」
そのうちのひとりがここにいるんだが。
マジか……俺はまったく気付いていなかったけれど、WAKABAさんはタヌ金さんが女性であることを察していたみたいだ。もしかすると同性であるがゆえに気付いたこともあるのかもしれない。
「えっと、高校生であっています。今年高校1年生になりました。同級生の中でも背が低い方なんです」
「あら、予想は当たっていたみたいね。でもタヌ金ちゃんがこんなに可愛いことまでは予想できなかったわ。ねっ、ヒゲダルマさん?」
なぜかそこで俺に振ってくるWAKABAさん。
「まあそうだな。俺もいつもおっさんらしい発言をしているタヌ金さんが、まさか女の子だったとは思わなかったぞ」
「やっぱりヒゲダルマさんは気付いてなかったのかあ。それはそれとして、ヒゲダルマさんもタヌ金ちゃんは可愛いと思うわよね?」
なぜか可愛いを強調してくるWAKABAさん。
「……そうだな。アイドル配信者と同じくらい可愛いと思うぞ。もちろんダンジョンに潜ることには絶対反対だが」
「っ!?」
なんだかWAKABAさんに言わされたような気もするが、実際にタヌ金さんの容姿が可愛らしいのは事実だからな。
とはいえ、将来ダンジョン配信者になりたいと言い出したら全力で止めるつもりだ。
「あらあら、こっちもありみたいね」
「あり?」
「いえ、なんでもないわ。まずは移動しましょう」
「カラオケルームか……」
2人と相談をして移動した先はまさかのカラオケ店だった。
東京は人が多くて、この前みたいな人のいない喫茶店がない。その点カラオケ店ならば個室だし、防音設備が整っていてみんな歌っているから、これからの話が他の部屋へ漏れることもない。飲み物や軽食も頼めるし、相談をする場所にはうってつけというわけだ。
さすがに前回タヌ金さんと待ち合わせた時にカラオケ店という発想はなかった。それに俺はマスクと帽子をかぶって変装をしているし、そんな格好で小柄なタヌ金さんと一緒にふたりでカラオケ店へ入ったら事案になっていたかもしれない。
それにしてもカラオケ店なんていつぶりだろう。俺がダンジョンにこもる前もあまり行かなかったから、下手をしたら十年ぶりくらいかもしれない。
「まずは軽くつまめるものを適当に頼んじゃうわね」
「ああ、任せるよ」
「お、お願いします」
WAKABAさんはカラオケ店に慣れた感じで注文をしていく。お店へ入る時にチェーン店のカードを出していたからよくいくのかもしれない。
歌を入力するタッチパネルもかなり綺麗に進化しているみたいだ。六本木モールへ行った時も思ったが、しばらくダンジョンにこもっていると外に出た時、浦島太郎状態になってしまう。
そのあと店員が注文を持ってきて、ドリンクバーで飲み物を各自で選び、本題へ入ることになった。