第168話 ハンドルネーム
「正直に言うと少し気になっていたけれど、タヌ金さんが言いたくないのなら言う必要はないぞ。たとえタヌ金さんが女の子であっても、これまで俺が助けてもらったことにはかわりがないからな」
別にネットの世界で性別を偽っている者なんて大勢いる。もしかしたら他のリスナーさんだって同じことをしているかもしれないし、少なくともそれで俺は騙されたなんて思わない。
「そっか……」
「あっ、というか今の呼び方で大丈夫か? 嫌だったら違う呼び方をするぞ!」
今更ふと気付いたが、女子中学生か女子高校生を相手にこんな名前で呼ぶのはいろいろと問題がある気がする。セクハラとかで事案になってしまってもおかしくない。
「ううん、大丈夫だよ。元はと言えば私が、た、たんたんタヌキの金なんて変なハンドルネームにしちゃったのが悪かったわけだし……」
「そ、そうか」
そう言いながらタヌ金さんは少し顔を赤くする。やっぱり自分でそれを口にするのは恥ずかしいようだ。
「本当はもっと早くヒゲダルマやあのチャンネルにいた人たちには話そうと思っていたんだけれど、なんだか機会を見失っちゃって……」
「別にそれをみんなに話す必要はないだろう。きっとみんなもタヌ金さんの性別は気にしないと思うぞ」
「そうかな、そうだったら嬉しいなあ。でも大丈夫、ヒゲダルマに会ったら、ちゃんと理由を伝えようと思っていたんだ」
よく考えたらネット上で性別を偽るなんてそこまでたいしたことではないだろう。
俺も男女を選べるゲームとかでは女性を使っていたこともあったしな。
「……えっとね、実はヒゲダルマの配信を見始めた頃、学校でちょっとだけいじめられていたの」
「………………」
「今はもう大丈夫だからね! それにそんなにひどいいじめじゃなかったから! ちょっと無視されたり、物を隠されたりしたくらいだから!」
いや、それは明らかに大したことだ。
「少しだけ学校を休んでいた時期があって、その時はなんだか自分自身のことがすっごく嫌いになっちゃって、自分とは正反対の男のおじさんのフリをして配信を見ていたんだ。名前が『た』から始まっているから、こんなハンドルネームにしたの。でもヒゲダルマの配信を見てすごく勇気をもらえたんだよ。そのおかげでいじめなんかに負けないで、学校へ通えるようになったの。だから、この前の六本木モールでのことだけじゃなくて、ずっとお礼を言いたかったんだよ。本当にありがとう、ヒゲダルマ」
「……そうか。俺の配信でも少しはタヌ金さんの役に立てていたんだな」
「うん! 絶対に私みたいにヒゲダルマの配信を見て勇気をもらえた人はいっぱいいると思うよ!」
「………………」
ほとんど見てくれていないと思っていたあの配信でも、タヌ金さんたちや他の誰かの役に立っていたと思うとなんだかものすごく嬉しい。
だからこそ、俺はそんなタヌ金さんをいじめていたというクソガキどもを決して許すわけにはいかない!
「話してくれてありがとうな、タヌ金さん。さて、俺に頼みがあると言っていたのはそのいじめてきたやつらの処分についてだな?」
「えっ!?」
「辛いことなのによく話してくれた。俺に任せてくれ、そいつらに生まれたことを後悔させるくらいの地獄を見せてやる! もちろんタヌ金さんには迷惑は掛けないからな!」
「ちょ、ちょっと待って!! 違うの、ヒゲダルマにお願いしたいことは別のことなの!」
「あれっ、そうなのか?」
「びっくりしたなあ、もう……。いじめっ子たちは全員別の高校に進んだし、今はもう何とも思ってないから大丈夫。でも、心配してくれる気持ちはとっても嬉しいよ。ありがとうね、ヒゲダルマ!」
確かにそう言いながら微笑む彼女からは俺に復讐してくれと頼む雰囲気には見えなかった。
だけどそれなら俺に頼みたいというのはなんのことだろう?
「えっとね、今の話の続きなんだけれど、私が少しだけいじめられていた時にひとりだけずっと私の味方をしてくれた友達がいたの。ヒゲダルマの配信を見て勇気をもらえたのと同じくらいその子にも助けてもらったんだ。その子はすずちゃんって名前で別の高校に進学したけれど、今もよく連絡を取っているの」
良かった、ちゃんとタヌ金さんの味方をしてくれた子もいたんだな。そういった子がいてくれて、少しだけほっとした。
「それで最近すずちゃんの家族のことで相談を受けたんだけれど、私だと何もできなかったの……。私はすずちゃんにいっぱい助けてもらったのに、何も返せない自分が本当につらくて……」
なるほど、ようやく話がつながった。タヌ金さんを助けてくれたその女の子が今困っているということだな。
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