第157話 一工夫
「……やっぱり見た目通り肉質は少し硬いな。味は癖があって悪くないんだが、うまく食べるにはひと工夫が必要だ」
肉の解体を終え、様々な部位を切り取って、少しだけ焼いて味見してみる。筋肉質な肉だったこともあって、どの部位も若干硬い。
"そこは見た目通りだったか。 @†通りすがりのキャンパー†"
"柔らかくする工夫をいろいろと試してみないとな! @ケチャラー"
"いつものやり方でうまくできるといいんだけれどね~ @WAKABA"
しかし、俺にはこれまでモンスターを調理してきた経験がある。今までも肉質が固くて調理が難しい肉を工夫しておいしく食べられるようにしてきたからな。
それにリスナーさんたちからもたくさんのアドバイスをもらった経験もある。いろいろと試してみるとしよう。
「まずはシンプルに肉の筋を切ったり、肉を叩いて筋繊維を壊していく方法だな。そのあとに薄く切ればバーベキュー用の肉としてもいけそうだといいんだが。あとは肉を柔らかくする食材に漬け込んだり、長時間かけて低温で調理してみるか」
"あんだけ巨大なモンスターなのに、調理方法は結構普通の家庭でやっていることばっかなの地味にジワるw @たんたんタヌキの金"
"うちではタマネギのみじん切りに漬け込んだりしているね~そのままソースにも使えるんだよ~ @WAKABA"
"ばあちゃんの知恵袋的なやつ! パパイヤに漬けるといいって聞いたことがある。 @ルートビア"
硬い肉というのはスジ――つまり繊維が多いということだ。これに包丁を入れてスジを切ったり、肉をミートハンマーなどで叩いて物理的に筋繊維を壊していく。
次に挙げられる方法は肉を加熱すると硬くなる性質のあるたんぱく質を『プロテアーゼ』と呼ばれる酵素が多く含まれている食材に漬け込んで分解する方法だ。
すりおろしたタマネギ、ヨーグルト、マイタケ、果物なんかがその代表例だな。いつも使っているそれらの食材にタイタンエレファントの様々な部位を漬け込んで試してみるとしよう。
最後に調理方法だ。普通に焼くと硬い肉でも低温で調理したり、じっくりと長時間煮込むことによって繊維がほぐされて肉が柔らかくなる。圧力鍋なんかを使っても、肉を柔らかく調理することができるぞ。
「肉を漬け込んだり、煮込んだりしている間に他の食材の準備をしておくとするか」
身体能力が強化されていてダンジョンの外よりも早く作業ができるということもあるが、打ち上げは明日だからな。
時間もそれほどあるわけではないから、テキパキと効率的に作業するとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「私たちまで招待していただいて、本当にありがとうございます」
「ありがとうございます!」
「こちらこそ、わざわざこちらまでご足労していただいて嬉しいです」
「可愛い女の子が参加してくれるのは大歓迎だよ!」
「……気にするな」
そして翌日。
華奈と瑠奈は横浜ダンジョンの20階層までしか攻略していないので、19階層にある外れのセーフエリアまで来てもらっている。
この辺りの階層にも多少のダンジョン探索者や配信者はいると思うが、この外れのセーフエリアまで来る可能性はかなり低そうだ。それにいたとしても、セーフエリアでみんなで食事をしているだけだから問題ない。
「それじゃあ、まずはみんなで乾杯するとしよう。那月さん、よろしく頼む」
「承知しました。ヒゲダルマさん、この度は私たちの依頼に付き合ってくれて本当にありがとうございます。おかげさまで、これまで超えることができなかった階層を超えることができ、今まで以上に強くなることができました。今日はそのお祝いですので、華奈さんと瑠奈さんも遠慮なく楽しんでください。といっても、すべて用意してくれたのはヒゲダルマさんですけれどね。それでは早速楽しみましょう、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
それぞれが持っていたグラスをぶつけあう。
「うん、これはおいしいお酒だ!」
「こっちのジュースもとってもおいしいよ!」
「ええ。普通のジュースとは味が全然違います!」
今回の飲み物は那月さんたちが用意してくれた。高級なお酒とジュースがクーラーボックスの中に山ほど入れられている。
俺が普段家で飲んでいるお酒もそこそこ高級なお酒を夜桜に用意してもらっていたが、それよりもうまかった。きっと結構な値段のするものに違いない。
「気に入っていただけてよかったです。多めに持ってきているので、余った分はぜひお持ちください」
「モンスターの食材まで提供してもらったのに、なんだか悪いな」
「こちらこそ、タイタンエレファントの解体をありがとうございました。いつでもよろしかったのですが、まさかたったの1日で解体していただけるとは……」
すでに解体したタイタンエレファントの素材は那月さんたちに渡してある。どうやら那月さんたちは肉の部分だけ取り出して、他の部分は後ほど解体すると思っていたらしい。
あの巨体とはいえ、モンスターの解体経験はかなりあるからな。あれくらい1日あればまったく問題ない。
「華奈さんと瑠奈さんも差し入れのケーキをありがとうございます。あちらの有名店のケーキは一度食べてみたいと思っていたところなんですよ」
「とんでもないです! 私たちこそなにも手伝っていないのに本当にすみません」
俺は知らなかったが、どうやら先ほど気を遣って2人が差し入れに持ってきてくれたケーキは有名店のケーキらしい。あとでデザートとしていただくとしよう。
それにしてもさすが那月さん、俺への気遣いや2人のフォローも完璧だ。そりゃ配信中に様付けで呼ぶほどのリスナーがいるくらいモテるわけだな。




