第134話 川遊び
「大丈夫だと思うが、セーフエリアの外には出るなよ」
「はい、もちろんです」
「大丈夫だよ」
セーフエリアの境目は光り輝く半透明の壁に覆われている。
理由は分からないが、モンスターはこの壁の中に入ってこないのだ。セーフエリアの付近にまであまり寄ってこないことから、ダンジョンのモンスターの嫌がる匂いや成分が出ているのではと考えられている。
41階層にあるこのセーフエリアは河原と川を含んだセーフエリアとなっているが、川の途中でセーフエリアは途切れている。ダンジョン内にある川や湖にも危険なモンスターは存在しているからな。
"保護者のように過保護な件w @月面騎士"
"年がもう少し離れていたら、休日のお父さんだもんなw @たんたんタヌキの金"
「そりゃダンジョンの中なんだから警戒は必要だろう」
リスナーさんからそんなことを言われるがここはダンジョンだ。
さすがに俺でもセーフエリアの中なら多少安心はしているが、ダンジョンの中はダンジョンの中だからな。少なくとも多少の警戒は常に必要である。
「うわっ、川の水がとっても気持ちいいよ!」
「本当にちょうどいい冷たさですね。まさかダンジョンの中で水浴びができるとは思っていませんでした」
「川を含んでいるセーフエリア自体が珍しいし、少し暖かいくらいの階層があるのはここくらいかもしれない。それにこれくらい深い階層じゃないと他の探索者やダンジョン配信者が来てしまうから難しいだろうな」
基本的にセーフエリアは規則性もなく、ゲートからある程度離れた場所へランダムに設置されていると研究結果が出ている。ここみたいにちょうど川と河原が含まれているセーフエリアはとても珍しい。
それに加えて大宮ダンジョンのこれほど深い階層まで攻略を進めている探索者やダンジョン配信者は1組か2組程度だろう。
ちなみに大宮ダンジョンの最高到達階層は43階層へと更新されている。それまでは40階層で止まっていたらしいが、ボスを攻略した探索者が現れたようだ。ダンジョンが現れてから数十年経ったが、時が経つにつれてより効率的な探索や強力な武器や防具が開発されていることもあって、最高到達階層はどんどんと更新されている。
このペースでいけば華奈と瑠奈もこのダンジョンの最高到達階層を塗り替える日が来るかもしれないな。リスナーさんが言うには、探索に専念している探索者ではなく配信者が最高到達階層を塗り替えるのは稀らしい。
"なに冷静にセーフエリアのことを話しているんだよ! それよりも2人が川でキャッキャウフフしていることにもっとコメントがあるだろうが! @ケチャラー"
"今日まで生き永らえてこれて本当に良かった! これで寿命が一年は延びたぞ! @XYZ"
"なんと尊い光景……これが桃源郷というものか…… @†通りすがりのキャンパー†"
「………………」
まあリスナーさんたちが興奮する気持ちも分からなくはない。
水着姿の女性を見るのなんて数年ぶりだからな。ダンジョンに引きこもる原因となった件がなければ、俺もリスナーさんたちと同じくらいはしゃいでいたかもしれない。
「ヒゲさんも一緒に泳ごうよ」
「ヒゲダルマさん、水が冷たくてとても気持ちいいですよ」
「ああ、今行くよ」
まあ、たまにはこういう時間も悪くはない。大人になればなるほど海やプールなんかに行かなくなったし、ダンジョン攻略をひたすら進めていたころはそんな余裕がまったくなかったからな。
攻略を止めのんびりと過ごすようになって、2人と知り合ったからこその時間だ。最近はDQN配信者の件でいろいろと忙しかったし、俺も久しぶりに羽を休めるとしよう。
「はあ~とっても気持ちが良かったね」
「そうね。川で泳ぐのなんて子供の時以来かもしれないわ」
「そうだな。俺も久しぶりだったけれど、結構楽しめたぞ」
1時間ほど2人と一緒に川へ入って楽しんだ。
この川は流れも緩く、1メートルほど深さがあって、意外と大人になった俺でも楽しむことができた。
のんびりと川にぷかぷかと浮かんでいるだけでも涼しくて気持ちがいいものだ。
「ヒゲさんが水を掛けようとしたら、すごい勢いで思わず笑っちゃったよ」
「俺もまさかあんなことになるとは思わなかったな。ダンジョン内で身体能力が強化されているから、水を掛けようとしたり泳ごうとしたらああなるのか……」
ダンジョン内でモンスターを倒すと身体能力が強化されるのだが、俺が想像していた以上にすごかった。もちろん2人の水着がポロリするなんてことはなかったが。
両手で水鉄砲をやったら、消防車のホース並みに水圧があったし、川の中でバタ足をしようとしたら一気に進んでセーフエリア内を出そうになったからな……身体能力が上がり過ぎるのも考えものだ。意識をすれば力は抑えられるんだがな。
ちなみによく漫画とかである右足が水面に沈む前に左足を……というやつをやってみたが、結局水面を走ることはできなかった。これだけ身体能力が上がればいけるんじゃないかと思ったけれど、現実的には難しいようだ。
さて、川で遊んだ後はおいしいご飯を食べるとしよう。