第116話 XYZさん
「初めまして、XYZさんか?」
「ああ、俺だ。初めましてだな、ヒゲダルマ」
埼玉にあるお客さんの少ないとある喫茶店。その店の奥のスペースの一角にひとりだけ座っている30代後半くらいのメガネをかけたスーツの男性に話しかけた。
彼こそが予め連絡をして、待ち合わせをしているリスナーのXYZさんだ。
「尾行は大丈夫そうか?」
「ああ。ちゃんとみんなに言われた通り、誰もついてきていないことを確認して、タクシーを2回乗り継いできた」
今回ここに来るにあたって、その辺りに詳しい華奈と瑠奈の尾行対策を聞き、しっかりと変装をした状態でダンジョンを出て、2度ほどタクシーの乗り継ぎながらこの喫茶店までやってきた。
正直なところ、ここまでする必要があるのかとも思ったけれど、これ以上夜桜やわざわざ来てくれたXYZさんに迷惑を掛けるわけにはいかないからな。
「それにしても、たまたま俺が出張で2週間こっちに来ていたタイミングで助かったよ」
「わざわざ来てもらってありがとう。ずっと会いたいと思っていたぞ」
XYZさんは俺が配信を始めて半年後くらいからの付き合いだ。サラリーマンをしているらしく、華奈と瑠奈の時にはログインしていなかったし、仕事が忙しい時期はしばらく俺の配信を視聴できない時もあるようだ。
今回はたまたま東京の方へ出張に来ているようで、俺が持っている護身用のマジックアイテムを夜桜へ渡す役目を引き受けてくれた。
「俺も一度は会いたいと思っていたが、まさか今回の出張中会うことになるとは思わなかったな」
「出張は多いのか?」
「ああ。俺は営業をしているんだが、1~2か月に一度くらいは日本各地に出張しているんだ。地元は鳥取だな」
「へえ~鳥取に住んでいるのか」
俺も前の仕事では何度か出張に行ったことはあるが、毎回数日くらいだったし、数えるほどしかない。当たり前だが、会社や職種によっては出張の頻度も期間も全然違うみたいだな。
……それにしても鳥取県てどのあたりだっけ? 頭の中で日本地図を思い浮かべているんだが、山口県の隣が島根県と鳥取県がどっちだったか思い出せない。
「今、鳥取県と島根県がどっちだったか考えているだろ?」
「うっ……よく分かったな……」
「鳥取出身だと伝えると大体の人が島根と混同するからな。まあ、間違えられるのは慣れているから気にしなくていいぞ。ちなみに鳥取は東の方で、山口、島根、鳥取の順番だ」
「なるほど、気を付けるよ」
どうやらどっちか分からなくなることには慣れているらしい。とはいえ、次は間違えないようにしよう。
「それにしてもXYZさんと呼ぶのは少し呼びにくいな」
文字にすると3文字だが、実際に呼ぶとなるとエックスワイジーだからな。
「ははっ、確かにな。そういう名前のカクテルがあるんだよ。某漫画の受け売りだが、これで終わりとかこれ以上はないという意味なんだよ」
「ああ、アルファベットの最期の3文字だからか。そんな意味のハンドルネームなんだな」
「くっ、あの名作を知らないとは……これが世代の壁というやつか!」
そんな感じでXYZさんと他愛ない話をする。
XYZさんは俺よりも歳が一回り年上だが、話のノリがいつもの配信のコメントと同じノリだから少しだけほっとした。
「しかしまあ、ヒゲダルマがツインズチャンネルの華奈ちゃんと瑠奈ちゃんを助けた頃から、いろいろと騒動に巻き込まれて大変だなあ」
「まったくだよ。それまではダンジョンでひとりでのんびりと過ごしていただけなのにな。なんだか最近はあちこちを駆け回っている気がするよ」
「はは、違いない。だけどいろんな人と関わるようになったようで、ヒゲダルマチャンネルのいち視聴者としては良いことだと思うぞ。ひとりでいるのは気楽でいいが、人はひとりで生きていくのは寂しいものだからな」
「……まあ、俺も最近はまったく退屈しなくなったよ」
XYZさんの言う通り、最近はいろいろと駆け回って忙しくなったが、そこまで悪い気はしない。
もちろんこれまでの配信中のコメントだけでもひとりでいる寂しさはだいぶ紛れたが、華奈や瑠奈と直接会って関わるのはそれともだいぶ違うものだ。
「それじゃあ、これが例のマジックポーチだ。こいつを夜桜のやつに渡してくれ」
XYZさんに俺とリスナーのみんなで厳選した護身用のマジックアイテムが入ったマジックポーチを渡す。
ちなみに俺が選んだマジックアイテムのいくつかは過剰防衛だとみんなによって却下された。あれくらいなら大丈夫だと思うんだけどなあ……
「任せておけ。確かに夜桜さんに渡しておくぞ」
XYZさんには申し訳ないが、この後夜桜と落ち合って、このマジックポーチを夜桜へ渡してもらう。
タヌ金さんに任せるくらいなら自分でなんとか夜桜へ渡そうと思っていたが、俺が夜桜と会っているところをまた撮られでもしたら、今まで以上にまずいことになるのは必至だからな。
「ああ、本当に助かるよ。それで、こっちがXYZさんへ報酬だ」
「おっ、ありがたい!」