第106話 引き渡し
イレギュラーモンスターのブルーオーガの討伐を無事に終え、大宮ダンジョンのあるダンジョンビルへと帰還してきた。
むしろ討伐からここに来るまでに何か仕掛けられる可能性が高いから、ブルーオーガを討伐する時よりも警戒をした。なにせダンジョンの外に出れば、ダンジョン内で経験値を積んで得た超人的な力は失われるからな。
転移ゲートをくぐる時からダンジョン協会の施設であるここに来るまで、常にポケットにあるマジックアイテムから手を離さなかったくらいには警戒をしている。
「ブルーオーガの素材はこれで全部になりますね」
「いやあ、これはとても素晴らしい! 依頼をお願いしてから、これほど早くイレギュラーモンスターの討伐を完了していただけるとは、さすがヒゲダルマ様ですね!」
灰色のスーツを着てメガネをかけた30代くらいで長身のスラリと長い体躯をしたダンジョン協会なんちゃら支部のなんちゃらという肩書の百武が大袈裟に両手を広げて俺を褒める。
そして俺の目の前には討伐したブルーオーガの素材があり、それを確認しているダンジョン協会の職員がいる。
ここは大宮ダンジョン協会直営の素材の買い取りをしている場所で、他の探索者や配信者もいるから、ここまでくれば何かを仕掛けてくる可能性はないと思うが、それでも気は抜かない。
「しかも首を切断しただけで傷は一切なしとは恐れ入ります。それに加えて首を斬った跡もほとんど残っていない最高の状態ですね! イレギュラーモンスターの素材がとても貴重で、更にこれだけのものとなると初めて見たかもしれません! 臓器などもそのままの形で残っているので、イレギュラーモンスターの研究に大いに役立つでしょう」
「それは何よりです」
確かに今回のブルーオーガは閃光弾で目潰しをしたあとに一撃で仕留めたから、首を切断した以外の傷は一切ない。すぐにマジックポーチに入れたし、普通の食材のように血抜きもしていないから、研究素材としてはかなり高品質になるのだろう。
「この度はイレギュラーモンスターの討伐およびその素材の提供、誠にありがとうございました。報酬につきましてはすぐに査定してお支払いさせていただきます。ヒゲダルマ様は振り込みではなく現金を希望されておりましたので、用意でき次第すぐにご連絡させていただきます」
「……はい、よろしくお願いします」
俺の銀行口座はいろいろとあって凍結されているから、報酬は現金で支払ってもらうことにした。
ダンジョン探索者の登録の際に記載した俺の家の住所がないことや、銀行口座が凍結されていることについて、おそらくダンジョン協会の方でも把握しているに違いないが、相変わらずそれについて何も言ってこないのは少し不気味だ。
「それでは俺はこれで失礼しますね」
「ええ。この度は本当にありがとうございました。また、こちらからご依頼のメールを送らせていただくことがあるかと思いますが、その際はまたご検討いただけますと幸いです」
「はい。内容によってですが、協力させていただきますよ」
「承知しました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
「……ふう~」
ダンジョン協会の施設を離れて、人通りの多いダンジョンビルにあるベンチへ座って一息入れる。さすがにここまで来れば、ダンジョン協会が何かを仕掛けてくることはないだろう。
というよりも、俺やリスナーのみんなが過剰に反応しすぎただけという可能性もあるな。
虹野の件についても、あいつはかなり有名なダンジョン配信者だったし、本当にダンジョン協会とは無関係に禁止マジックアイテムを手に入れて、独自の協力者を使ってダンジョンの中に入ったのかもしれない。
もしもダンジョン協会に敵意がないとすれば、あれほど役に立つ情報源はないからな。これからも適度な距離感で付き合っていきたいところだ。
とはいえ、まだ一度ダンジョン協会の依頼を受けただけだし、まだ気は抜けない。それにリスナーのみんなの意見も聞いておきたい。ちょうど明日は華奈と瑠奈と会う予定だし、2人の意見も一緒に聞いてみるとしよう。
「ついでに夜桜の店にも寄っていくとするか」
夜桜の店で米や調味料なんかを定期的に受け取る日はもう少し先だが、ちょうどダンジョンの外に出たことだし、この新しい配信用ドローンの感想を伝えようと思っていたところだからな。
「いらっしゃ……って、ヒゲダルマじゃん! 配信が終わってすぐなのに!?」
「ああ、配信はついさっき終わったところだぞ。それにしても、よく俺が配信をしていたのを知っているな」
相変わらず店内にお客さんは少ないし、さては夜桜のやつは仕事をサボって配信を見ていたな。
「……はあ~まったく、ヒゲダルマはもう少し自分が有名人だってことを自覚しておいた方がいいよ。君が大宮ダンジョンでイレギュラーモンスターの討伐することはニュースになっていたからね」
「えっ、マジ!?」
なにそれ、配信をしていただけでニュースになってるの?
「ほら。ツインズチャンネルの会見以降、最近色々と話題になっているからね。それにイレギュラーモンスターの討伐配信なんて普通は配信されないよ」
夜桜が自分のデバイスを操作して俺に見せてくれる。確かにそこには俺がブルーオーガを討伐した配信について、すでにニュースになっていた。