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境界  作者: 柿生透
43/99

生きることは


10/12(日)、加筆修正致しました。


楽しんで頂けたら幸いです!




 香葉の出産後、里では雨が続いていた。



 「はい皆さん、そろそろ勉強しますよ」


 呼びかけた法円が先生役として前に出た。都市から来た小学生から高校生まで全員集まった広い部屋の中で、人数分の座布団を敷いていく。


 正直授業というよりは、大人が子供達に話を聞かせるといったものに思えた。教科書のような本を持っているのは先生役を務める寺の大人1人だけであり、生徒達は皆手ぶらである。


 そもそもおかしな点は小学生から高校生が同じ空間で、同じ話を聞くということだろう。小学生にも分かるように、かつ高校生でも学べるような内容なんてあるのだろうか。


 柊月は一体どんな話、いや授業が始まるのだろうかと期待しながら、前に立つ大人に目を向ける。



 「今日は『方丈記』と『平家物語』という本について勉強します」



 法円が手に持っていたのはその2冊の本だった。


 古文の授業か?そもそも何の科目かも知らされていなかったことを柊月は今更思い出す。


 「どちらも中世の時代に書かれたものです」


 「ちゅうせい?」


 小学生の1人が声を上げる。


 「鎌倉時代とか…500年以上前」


 それに中高生の1人が答えた。


 法円はニコッと笑って「解説ありがとうございます」と言って続ける。


 「方丈記には『行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず』と『世の中にある人と栖と、またかくのごとし』という文章が載っています。これは川が流れている、その川を構成している水は常に変わり同じものは決して無い。そしてそれはこの世界も、人である皆さんも同じという意味です。ずっと続くものなど存在せず、変わっていくということですね」


 小学生は主に「ふーん」といった表情を浮かべていたが、中学生や高校生は学年が上がるにつれ少し戸惑ったような様子の子もいて、柊月は少し不思議に思った。


 「そして平家物語の冒頭にも『祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり』という文章が載っています。鐘の音はいつも同じように響くはずなのに、その時々でなぜ違うように聞こえてくるのか。それは聞いてる私達、つまり人が変わっていくからです。聞き手の気分が違うから、鐘の音が違って聞こえるのです」


 「古文の授業ではここらへんサッと読んで終わってたな」


 中高生の誰か1人が呟く。


 そして今度は小学生がよく分からなそうな表情を浮かべた。イメージが上手く湧かなかったのだろう。柊月は小学生にも分かる具体例を考えた。


 「例えば…」


 「あっ」


 その具体例を思いついたと同時に柊月は思わず声に出してしまった。皆の視線が集まる。慌ててすみませんと謝ったが、どうぞと法円は譲った。


 「あの、他にも具体例を思いついて…。例えば学校から帰る時、試験が終わって嬉しい時と友達と喧嘩して悲しい時だと帰り道が違って見えること、とかもあるのかなって。…違ったらすみません」


 柊月はしどろもどろになりながらも言った。


 「間違ってないですよ、まさにその通り。分かりやすい具体例ありがとうございます」


 法円はうんうん頷いていた。


 「今、柊月さんが言った内容はとてもいい例です。嬉しい時や楽しい時の登下校時の道は明るく見えるけど、逆に怒られた時や辛いことがあった時は暗く見えてきませんか?」


 他にもクラスの席替えで好きな子が隣になった時の帰り道は、おそらく一番明るく輝いて見えるでしょうねと付け足すと生徒達は少しざわつきだす。ニヤニヤと友達の方を見たり、またはそれに対して何見てんだよと返す子などが何人もいた。どうやら青春真っ只中のようだ。


 「それがまさに、周りは何も変わっていないのに自分の目にはまるで景色が違って見えてしまうということです」


 より身近な例によって理解できたのだろう、コクコク頷く子が何人も居た。


 「実は似たような言葉は外国にもあります。中国の『君子豹変』や古代ギリシャのヘラクレイトスという人が唱えた『万物は流転する』などですね」


 世界史の内容にも少し入った。


 「だから個性とか考えず、自分探しもしなくていいんですよ。するまでもなく、自己は存在します。ましてや若いあなた方はこれからいろんな経験を経てどんどん変化していくでしょう。思いっきり体を動かして遊んで、ご飯を食べてしっかり寝て、その毎日を大切に過ごしてください」





 小学生の1人が呟いた。


 「何でも変わっちゃうのって少し寂しいね」



 そんな言葉に法円は「そうですね」と頷いて続けた。


 「昔の人もきっとそう思ったでしょうね、『夢よりも儚き世の中』だと」




 「…」




 「それでは授業はここまで。皆さんお疲れ様でした、休憩して下さい」





 そう言いながらパタンと2冊の本を閉じて『授業』は終わった。小学生はともかく、中高生は何か思うところがあったのかそのまま無言でいる生徒が多かった。



 柊月も同じように1人沈思黙考する。



 ここで暮らしていく中で、おそらくこの世界はパラレルワールドのようなものだろうと柊月は予想していた。日付は元いた世界と変わらず、平家物語や方丈記など歴史あるものは存在しているからだ。それについては依も同じように考えていたらしい。


 どの時点で元の世界から分岐したのかは分からないが、おそらくそれによって日本で『都市』と『農村や田舎』がはっきり分かれてしまった世界線ができたと予測した。



 そして今の話を聞いて強く思ったことは、1回昔の自分は死んだということだ。



 訳の分からない世界で友人に助けられながらも何とかやってきている今の状況。この世界に馴染めてきているからこそ、だんだん元いた世界や過去の自分を忘れつつあった。安心安全の両腕に包まれ、元の平和な世界に居た自分にはおそらくもう戻れないだろう。記憶が薄れつつあるのだから。そういえば今までの自分はどういう人間だっただろうか。



 法円が部屋から出ていく。あの人は大それたことをしたとは思っていないかもしれない。ただ古典の話を紹介しただけと思っているかもしれない。しかし柊月の胸の内に強い影響を与えた。後ろ姿を見ながら柊月は心の中で問う。





 ねぇ、住職様。




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読んで頂いてありがとうございます!


4/19加筆修正しました。


感想等いつでもお待ちしてます!


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